週報No.2454 詩篇(148)詩篇55篇3~8節「ダビデの内なる苦しみ」

2024年7月21日(日) 午前10時半

頌  栄   私たちはほめたたえる       2番
讃  美   アメージングレース        70番
使徒信条
讃  美   我に近づくはイエスのみことば   65番
聖書交読   イザヤ書8章1~10節
主の祈り
讃  美   我らの主イエスは         29番
聖書朗読   詩篇55篇3~8節
メッセージ  詩篇(148)         眞部明牧師
「ダビデの内なる苦しみ」
讃  美   わが神、主イエスは        83番
頌 栄   栄光あれや  3番

55篇1~2節
55:3 それは敵の叫びと、悪者の迫害のためです。彼らは私にわざわいを投げかけ、激しい怒りをもって私に恨みをいだいています。
55:4 私の心は、うちにもだえ、死の恐怖が、私を襲っています。
55:5 恐れとおののきが私に臨み、戦慄が私を包みました。
55:6 そこで私は言いました。「ああ、私に鳩のように翼があったなら。そうしたら、飛び去って、休むものを。
55:7 ああ、私は遠くの方へのがれ去り、荒野の中に宿りたい。 セラ
55:8 あらしとはやてを避けて、私ののがれ場に急ぎたい。」
【新改訳改訂第3版】

<礼拝メッセージ>「ダビデの内なる苦しみ」(一部分)

6~7節「そこで私は言いました。『ああ、私に鳩のように翼があったなら。そうしたら、飛び去って、休むものを。ああ、私は遠くの方へのがれ去り、荒野の中に宿りたい。』」

ダビデは、目の前の現実の恐怖の圧迫に耐えられなくなり、「ああ、私に鳩のような翼があったなら、」と、空想的に逃避したり、人里離れた荒野に逃れて、休みたいと、休息を求めて、幻想的な異常な、逃避的な心の状態になっています。

ダビデは、7節の終わりに「セラ」を入れています。

ここでダビデは、昔、サウル王にいのちを狙われて逃亡した流浪の時代があったことを思い出しました。それは、長い、重苦しい期間でした。しかし、それはやがて終わり、その後、輝かしい時代が来たことを、思い起こしたのです。彼は、その美しい思い出の中に自分を、浸しておきたかったのです。このセラには、そういうダビデの思いが読み取れます。

8節「嵐とはやてを避けて、私ののがれ場に急ぎたい。」

ダビデは、その思い巡らしの夢から覚めると、現実は、嵐とはやてが吹き荒れていました。
現実の嵐の苦しみから、昔の思い出に逃避していたことは、むなしい誘惑であり、真の解決ではなく、更に不安と恐れを強めることになってしまったのです。

ダビデは、昔の生活の幻想から覚めると、再び、早く安全な所に逃れようと、死に物狂いで焦るのですが、危険な状況は終わりそうもなく、ダビデは、不安と恐怖に打ちのめされ、心身ともに、疲れ果てていくのです。

ダビデは、この状態ではまだ、真の逃げ込むべき、岩なるイエス・キリストを見い出していません。

現実の圧迫や苦難は、現実の救い主イエス・キリストに信頼することによってのみ、解決するのです。

しかし、現実の苦しみから休みたいというあせりから、逃避したい衝動が来るのです。これは本物の平安ではありません。

現実の問題から、目をそらすのも、解決ではないし、また、人の知恵で、ありきたりの答えを出すのも、私たちの悩みを解決しません。

私のたましいに、神のみことばと聖霊が働いて下さる答えでないと、助言の答えを聞く度に、苦しみの深みに陥ってしまいます。

神の光が、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目まで、届いていないからです。

人の知恵に頼ることは、実を結ぶことがなく、徒労に終わってしまいます。ますます、暗闇にはまり込んでしまいます。

逃避は、ますます、サタンの誘惑のわなに、引きずり込まれてしまいます。

「人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。」(蔵言29:25)

聖別会メッセージ(一部分)201回

「いつ、きよめられるか(1)-聖化の現在即時性」

聖書は、いつきよめられると言っているか。それは、私がみことばと、キリストの血と、聖霊とを信じるその時です。

聖書は、きよめられるための条件は、何だと言っていますか。
主に対する心の明け渡しと、主イエスに全く信頼する信仰です。

聖書は、何がきよめられると言っていますか。
生まれながらに受け継いで来た罪の性質、罪を犯させる原因となっている原罪が、きよめられると言っています。

しかし、聖書中、どこにも、肉体の死の時に罪がきよめられると記している箇所は、一つもありません。
かえって、聖書は、肉体の死を「最後の敵である死も滅ぼされます。」(Ⅰコリント15:26)と、パウロは言っています。

もし、肉体の死が私たちを罪から完全に開放してくれるのなら、肉体の死を「最後の敵」と呼ぶでしょうか。むしろ、「最後の救い主」とか、「最善の友」と呼ぶべきではないでしょうか。

しかし、肉体の死は、罪を取り除くことはできません。聖書の中には、罪が死の時にか、死後にきよめられると、一か所も記していません。肉体の死は、たましいが肉体から分離することであって、肉体の死はたましいの霊的性質に何ら影響を与えることができません。……

<今週の活用聖句>

詩篇50篇15節
「苦難の日にはわたしを呼び求めよ。
わたしはあなたを助け出そう。
あなたはわたしをあがめよう。」

<集会案内>

◇7月24日(水)聖別会(203)
いつ、きよめられるか(3)「信仰を働かせる時」

地の塩港南キリスト教会
〒233-0022 横浜市港南区上永谷5-22-2 TEL/FAX 045(844)8421
牧師 真部 明

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