週報No.2414 詩篇(111)42篇4~6節「神を待ち望め」

2023年10月22日(日) 午前10時半

礼拝メッセージ 「神を待ち望め」  眞部明牧師

詩篇 42篇4~6節
42:4 私はあの事などを思い起こし、私の前で心を注ぎ出しています。私があの群れといっしょに行き巡り、喜びと感謝の声をあげて、祭りを祝う群集とともに神の家へとゆっくり歩いて行ったことなどを。
42:5 わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。
42:6 私の神よ。私のたましいは私の前でうなだれています。それゆえ、ヨルダンとヘルモンの地から、またミツァルの山から私はあなたを思い起こします。
【新改訳改訂第3版】

<礼拝メッセージ>「神を待ち望め」(一部分)

5節、うめきの中からの賛美と信頼

「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」

作者は、自分が不信仰になっているのではありません。作者が神を恋い慕えば恋い慕うほど、作者はうなだれて、絶望していても、それで当然と思っていません。ふてくされていません。かつて信仰の友として親しく交わっていた仲間たちが、突然、敵対者に心変わりしたことのショックから中々立ち上がれなかったのです。それほど、作者の隣人に対する愛は、深かったのです。

5節の1行目と、6節の1行目では、「私のたましいは御前に絶望しています。」と告白しています。
「なぜ」は、うなだれている理由を尋ねているのではありません。「うなだれていて、それでいいのか。」と、自分のたましいに問いかけているのです。

この問いかけによって、作者はふさぎこんでいた状態から、突然、抑えきれないほどの信仰が、湧き出して来て、たましいがリバイブされ、揺れ動かされ、作者は自分のたましいに向かって、神に信頼するように呼びかけました。神の臨在による「御顔の救い」を積極的に待ち望むように呼びかけています。

5節後半「神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」

「神を待ち望め。」は、ただ待つことではありません。
食事の時、給仕する者が、主人の食事のために、準備して、待っていることを意味しています。神のお役に立つために、注意深く、主人の指図を待ち続けていることです。

ただ、主の恵みが与えられるのを待っているのではありません。神の前に、悩みも重荷も、恐れも、心にあるものをすべて神の前に注ぎ出して、主に信頼することです。

そうすれば、神のみこころを悟るようになります。神の御手が動き出すのがわかるようになります。神が動き出したら、それに従うことができるようになります。

これには忍耐が要りますが、主を待ち望んでいると、その時、神をほめたたえる心が、湧き上がってくるのです。そして、「御顔の救いを受けます。これは、神の臨在による救いです。

作者は、仲間たちの反逆によって、神の臨在が自分たちから去ってしまったと思い込んで、絶望していたのです。

6~11節、神への訴え

5節で「なぜ、絶望しているのか。」という意味の訴えをしています。6節前半でも、「私の神よ。私のたましいは、御前でうなだれています。(絶望しています。)」作者は、神の御前に出ていながらもなお、絶望しています。それはあり得ないはずなのに、現実には経験していたのです。作者のたましいが、ひどく傷ついていたからです。

私たちが行く道は、いつも穏やかに晴れ渡っているとは限りません。暗やみの日もあれば、熱射の日もあり、苦しまなければならず、あわててしまいます。私が神の子なら、こんなことが起きるはずがないと思われることが起きるのです。

神の聖徒たちは最初は弱く、平坦な明るい道を歩くように導かれました。しかし成長した者は、各々、自分の十字架を負い、各々の使命を負い、キリストと共にくびきを負って(隣人を愛し、重荷を分かち合って、助け合って)、キリストから学ばなければならないのです(マタイ11:29)。そのために、嵐も、暗やみも、必要だったのです。

私の自分の知恵と力に頼る性質は取り去られ、キリストに真実に深く根を下ろすようになります。こうして、思いがけない苦難の日は、栄光と希望を約束する前触れだったのです。こういうことは、自分で経験して、初めて悟ることです。

6節後半「それゆえ、ヨルダンとヘルモンの地から、またミツァルの山から、私はあなたを思い起こします。」

作者は、ヨルダンの東、ギルアデの北東の地にいました。そこは荒涼としており、作者の心の状態を表わしています。

「ヘルモンの地から」は、北の地のレバノン山脈の大きなヘルモン山の方にいたのか、それともミツァル(小さい、という意味)は、大きなヘルモン山に対して、小さいシオンの山を指しているのかも知れません。この山の使い方を見ても、作者は、絶望していたことがわかります。

この状態から、作者は、信仰を回復していったのです。
私たちも、一粒のからしだねのように、一番小さい信仰であっても、信じて活用するなら、神の栄光を現わすのです(マルコ4:31~32)。

<今週の活用聖句>

詩篇42篇5節
「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。
なぜ、私の前で思い乱れているのか。
神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」

<集会案内>

◇10月25日(水)聖別会(166) 午前10時半
聖化の条件としての信仰(10)「重要な注意点」

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