聖書の探求(336) 列王記第一 2章26~46節 祭司エブヤタル、ヨアブとシムイの処分、ソロモン王国の確立

オランダの版画家 Jan Luyken(1649–1712)による「Joab killed by Benaiah(ベナヤに殺されるヨアブ)」(Wikimedia Commonsより)


2章の分解

1~9節、ダビデの遺言
10~12節、ダビデの死
13~25節、アドニヤの要求と死
26,27節、エブヤタルの祭司罷免
28~34節、ヨアブの処刑
35節、ソロモンの新体制
36~46節、シムイの処分と王国の確立

26,27節、エブヤタルの祭司罷免

エブヤタルがアドニヤの側について支持したのは、彼が預言者ナタンと祭司ツァドクの宗教政策を嫌っていたからだと思われます。そしてソロモンがナタンとツァドクの政策を受け入れると思ったので、アドニヤ支持に回ったのです。

ダビデの指示の中にはエブヤタルのことは含まれていなかったけれども、彼がソロモンに反逆したことは明白であり、彼を見逃しておけば、先に行って、ナタンやツァドクとの間に宗教紛争が起きる危険があったので、彼を追放することにしたのです。

Ⅰ列王 2:26 それから、王は祭司エブヤタルに言った。「アナトテの自分の地所に帰りなさい。あなたは死に値する者であるが、きょうは、あなたを殺さない。あなたは私の父ダビデの前で神である主の箱をかつぎ、父といつも苦しみを共にしたからだ。」

エブヤタルは主に油注がれた祭司だったので、「アナトテの自分の地所に帰りなさい。あなたは死に値する者であるが、きょうは、あなたを殺さない。あなたは私の父ダビデの前で神である主の箱をかつぎ、父といつも苦しみを共にしたからだ。」と命じています。

エブヤタルは、ダビデがエルサレムに上った時、ダビデの前で主の箱をかついでエルサレムに上った若い祭司たちの一人でした。彼はダビデと苦しみを共にした人でした。彼のように意見を異にしたり、政策が合わなかったりする時、どちらを選ぶかは、命にかかわることになります。こういう時、自分の考えに従うことは危険です。自分の考えと異なっていても、主のみこころの方を選ぶことが安全であり、恵みにつながっています。

ソロモンはエブヤタルの祭司の職を罷免して、祭司の町アナトテ(ヨシュア記21:18)に追放しています。後の時代に、アナトテは預言者エレミヤの郷里となっています。エレミヤも祭司の一人でした(エレミヤ書1:1)。そのため、エレミヤはエブヤタルの子孫であったかも知れないと言う人もいますが、これも確かな証拠はなく、推測に過ぎません。

アナトテは、エルサレムの東北約4.5kmにある現在のアナタとされていますが、そこから約800m離れた所に、イスラエルが占領する以前からイスラエル人の居住時代を通じてのアナトテの遺跡があります。ですから、エブヤタルはこの付近に追放されたことは確かだと思われます。

27節、エブヤタルが、主の祭司職から罷免されたことは、「シロでエリの家族について語られた主のことばはこうして成就した。」と言われています(サムエル記第一 2:27~36)。

Ⅰ列王 2:27 こうして、ソロモンはエブヤタルを【主】の祭司の職から罷免した。シロでエリの家族について語られた【主】のことばはこうして成就した。

これは大祭司職のイタマルの家系にいたエリの家に関する預言の成就でした。しかし歴代誌第一 24章1~19節を見ると、エブヤタルの子孫が奉仕を全面的に禁じられていたとは考えにくいのです。

28~34節、ヨアブの処刑

Ⅰ列王 2:28 この知らせがヨアブのところに伝わると、──ヨアブはアドニヤについたが、アブシャロムにはつかなかった──ヨアブは【主】の天幕に逃げ、祭壇の角をつかんだ。
2:29 ヨアブが【主】の天幕に逃げて、今、祭壇のかたわらにいる、とソロモン王に知らされたとき、ソロモンは、「行って、彼を打ち取れ」と命じて、エホヤダの子ベナヤを遣わした。
2:30 そこで、ベナヤは【主】の天幕に入って、彼に言った。「王がこう言われる。『外に出よ。』」彼は、「いやだ。ここで死ぬ」と言った。ベナヤは王にこのことを報告して言った。「ヨアブはこう言って私に答えました。」
2:31 王は彼に言った。「では、彼が言ったとおりにして、彼を打ち取って、葬りなさい。こうして、ヨアブが理由もなく流した血を、私と、私の父の家から取り除きなさい。

28節に「ヨアブはアドニヤについたが、アブシャロムにはつかなかった。」と記されていますが、ヨアブが処刑される理由は、アドニヤについたからだけではありません。それはサムエル記第二 3章でダビデとアブネルが契約を結び、ダビデを全イスラエルの王とすることを定め、平和を結んでいたのに、ヨアブは帰路についていたアブネルをヘブロンまで呼び戻し、だまして殺したのです。これはアブネルがギブオンでヨアブの弟アサエルを戦いで殺したことに対する恨みからでした。

これについてダビデは次のように言っています。
「きょう、イスラエルでひとりの偉大な将軍が倒れたのを知らないのか。この私は油そそがれた王であるが、今はまだ力が足りない。ツェルヤの子らであるこれらの人々は、私にとっては手ごわすぎる。主が、悪を行なう者には、その悪にしたがって報いてくださるように。」(サムエル記第二 3:38,39)

これをそのまま放置しておけば、神の正義の原則に反し、アブネルと契約を結んだダビデの責任が問われることになります。これは個人的な復讐の問題ではなく、主の前での王国再建の契約を乱す犯罪でした。これを放置すれば、ダビデ自身が有罪となります。しかしダビデにはヨアブの罪を取り除く力がなかったので、この問題の処理をソロモンに託したのです。

こういう事情があったところに、ヨアブがアドニヤにつくという事件が起きました。これはソロモンにとって、ヨアブを処罰するのに都合のよい機会を得たことになります。

ヨアブは天幕に逃げ込み、祭壇の角をつかみました。1章51~53節で、アドニヤは祭壇の角を握ってあわれみを受けていますが、殺人犯だったヨアブは聖所でも捕えられなければならなかったのです。

「しかし、人が、ほしいままに隣人を襲い、策略をめぐらして殺した場合、この者を、わたしの祭壇のところからでも連れ出して殺されなければならない。」(出エジプト記21:14)

32,33節でソロモンはヨアブを処刑した理由を述べています。ここではアブネルの殺害だけでなく、ユダの将軍アマサの虐殺も挙げています(サムエル記第二 20:4~12)

Ⅰ列王 2:32 【主】は、彼が流した血を彼の頭に注ぎ返されるであろう。彼は自分よりも正しく善良なふたりの者に撃ちかかり、剣で彼らを虐殺したからだ。彼は私の父ダビデが知らないうちに、ネルの子、イスラエルの将軍アブネルと、エテルの子、ユダの将軍アマサを虐殺した。
2:33 ふたりの血は永遠にヨアブの頭と彼の子孫の頭とに注ぎ返されよう。しかし、ダビデとその子孫、およびその家と王座にはとこしえまで、【主】から平安が下されよう。」

ヨアブの処罰は、イスラエル王国が武力による暴掠(ぼうりゃく)の時代を終え、法による治安の国家建設に向かうことを国民に明らかに示したのです。

34節、「彼は荒野にある自分の家に葬られた。」これはソロモンが、ヨアブの将軍として活躍した名誉までは奪おうとしなかったことを示しています。当時、自分の家に埋葬されることはサムエルや王たちだけに与えられた特別な栄誉だったのです。

Ⅰ列王 2:34 エホヤダの子ベナヤは上って行って、彼を打ち取った。彼は荒野にある自分の家に葬られた。

「サムエルが死んだとき、イスラエル人はみな集まって、彼のために、いたみ悲しみ、ラマにある彼の屋敷に葬った。」(サムエル記第一 25:1)

ヨアブの家は、ユダの荒野のベツレヘムのすぐ東にありました。

35節、ソロモンの新体制

Ⅰ列王 2:35 王はエホヤダの子ベナヤを彼の代わりに軍団長とし、王は祭司ツァドクをエブヤタルの代わりとした。

ソロモンはヨアブの代わりにエホヤダの子ベナヤを軍団長として任命し、祭司にはエブヤタルの代わりにツァドクを任命しています。ここでイスラエル国家の体制に重要な変化が生じています。これまで祭司はアロンの子孫が世襲的に継承していました。王が任命したということはありませんでした。ツァドクはアロンの子孫(歴代誌第一 6:50~53)ではありますが、ソロモン王によって任命されています。これは重大な変化です。これまで大祭司は主の油そそぎによって任命されていたので、王権とは別の権威を有していました。しかしここでツァドクが王の任命によって祭司となったことは、これまでの祭司職の位置とは異なり、祭司職が王権に従属するものとなってしまったことです。こうして祭司を通して行なわれて来ていた神の主権の執行が弱体化されています。これに代わって王権を諌める権威として神は預言者を用いるようになっていきます。ここにソロモンの新体制に重要な曲がり角が来ていることを見るのです。

36~46節、シムイの処分と王国の確立

シムイはダビデを迎えるために下って来た時、「彼は千人のベニヤミン人を連れていた。」(サムエル記第二 19:16,17)とありますから、彼はベニヤミン族の中でも有力な人であったと思われます。ソロモンは、シムイが再び王権をベニヤミン人の手に取り返そうと企てるのではないかと考えていたようです。

36,37節、そこでソロモンは一つの計略を企てたのです。

Ⅰ列王 2:36 王は人をやって、シムイを呼び寄せ、彼に言った。「自分のためにエルサレムに家を建てて、そこに住むがよい。だが、そこからどこへも出てはならない。
2:37 出て、キデロン川を渡ったら、あなたは必ず殺されることを覚悟しておきなさい。あなたの血はあなた自身の頭に帰するのだ。」

シムイの故郷はエルサレムのすぐ北で、ベニヤミン領内の村バフリム(スコパス山の東にある現在のラス・エト・テミム)です。そして、エルサレムと彼の故郷バフリムとの間にキデロン川があります。ソロモンは、人をやってシムイを呼び寄せ、「自分のためにエルサレムに家を建てて、そこに住むがよい。だが、そこからどこへも出てはならない。出て、キデロン川を渡ったら、あなたは必ず殺されることを覚悟しておきなさい。あなたの血はあなた自身の頭に帰するのだ。」と命じています。

シムイはアブシャロムの反乱の時、ダビデに反逆し、「主の油そそがれた王」ダビデを冒瀆しました。ソロモンは彼をエルサレムの家に拘束し、彼の親戚や同族の勢力から離して、再び反乱する機会を与えないように、常に監視下に置こうとしたものと思われます。しかしシムイがエルサレムにとどまり続けるなら、あわれみは示され、彼の命は安全だったのです。ソロモンがキデロン川を渡るのを禁じたのは、シムイが再び反逆勢力を集めるのを禁じるためだったのです。

38節、この条件を聞いて、シムイは「よろしゅうございます。しもべは、王さまのおっしゃるとおりにいたします。」と答えています。

Ⅰ列王 2:38 シムイは王に言った。「よろしゅうございます。しもべは、王さまのおっしゃるとおりにいたします。」このようにして、シムイは長い間エルサレムに住んだ。

39節、三年間は何事もなく過ぎ去りました。しかし三年経つと、緊張感もゆるみ、ソロモンと結んだ約束の重大さも忘れかけ、軽んじるようになってしまったのです。

Ⅰ列王 2:39 それから、三年たったころ、シムイのふたりの奴隷が、ガテの王マアカの子アキシュのところへ逃げた。シムイに、「あなたの奴隷たちが今、ガテにいる」という知らせがあったので、
2:40 シムイはすぐ、ろばに鞍をつけ、奴隷たちを捜しにガテのアキシュのところへ行った。シムイは行って、奴隷たちをガテから連れ戻して帰って来た。

その頃、シムイの二人の奴隷が、ガテの王マアカの子アキシュの所に逃げました。シムイにその知らせが届くと、彼はすぐろばに鞍をつけ、奴隷たちを捜しにガテのアキシュの所に行き、奴隷を連れ戻しています。シムイはキデロン川を渡って故郷のバフリムには帰りませんでしたが、エルサレムから出てしまいました。ソロモンが「そこからどこへも出てはならない。」と言った命令を犯してしまったのです。シムイはこの時、ソロモンとの約束を全く忘れてしまっていたか、軽視していたのです。彼の逃げた奴隷たちを連れ戻しましたが、あわれみの権利を失ってしまったのです。彼は二人の奴隷を捕えても、自分の命を失ってしまったのです。

「いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。」(マタイ16:25,26)

シムイはあわれみを受け続けているうちに、あわれみは無条件で受け続けることができると思い込むようになっていたのでしょう。

41節、シムイがエルサレムを出てガテに行って帰って来たことが、ソロモンに報告されています。このことはシムイが三年間監視されていたことを示しています。

Ⅰ列王 2:41 シムイがエルサレムからガテに行って帰って来たことは、ソロモンに告げられた。
2:42 すると、王は人をやって、シムイを呼び出して言った。「私はあなたに、【主】にかけて誓わせ、『あなたが出て、どこかへ行ったなら、あなたは必ず殺されることをよく承知しておくように』と言って警告しておいたではないか。すると、あなたは私に、『よろしゅうございます。従います』と言った。
2:43 それなのに、なぜ、【主】への誓いと、私があなたに命じた命令を守らなかったのか。」

王はシムイを呼び寄せ、「私はあなたに、主にかけて誓わせ、『あなたが出て、どこかへ行ったなら、あなたは必ず殺されることをよく承知しておくように。』と言って警告しておいたではないか。すると、あなたは私に、『よろしゅうございます。従います。』と言った。それなのに、なぜ、主への誓いと、私があなたに命じた命令を守らなかったのか。」(42,43)と言っています。

44節、「あなたは自分の心に、あなたが私の父ダビデに対してなしたすべての悪を知っているはずだ。」主に油注がれた者をのろった罪は解決されていなかったのです。

Ⅰ列王 2:44 王はまた、シムイに言った。「あなたは自分の心に、あなたが私の父ダビデに対してなしたすべての悪を知っているはずだ。【主】はあなたの悪をあなたの頭に返されるが、

シムイは罪を悔い改めることも、赦しを求めることも、信仰に立つこともしていなかったのです。ただ時が過ぎれば解決するだろうくらいに考えていたのでしょう。シムイはここにおいて、自分の罪を悔い改めて、主の赦しを受けていない、主に油注がれた者をのろった罪の恐ろしさを知ることになったのです。主が油注がれた者をのろうことだけは決してしてはなりません。そののろいは必ず、自分に帰って来て、自分を滅ぼすことになります。主のあわれみは無条件ではありません。私たちがイエス様の十字架の血潮を受けている時にのみ、主のあわれみが与えられているのです。

45,46節、「ソロモン王は祝福され、ダビデの王座は主の前でとこしえまでも堅く立つであろう。」

Ⅰ列王 2:45 ソロモン王は祝福され、ダビデの王座は【主】の前でとこしえまでも堅く立つであろう。」
2:46 王はエホヤダの子ベナヤに命じた。彼は出て行って、シムイを打ち取った。こうして、王国はソロモンによって確立した。

シムイののろいが取り除かれたので、祝福され、王国はソロモンによって堅く立てられたのです。私たちは、イエス様の血潮によって、すべての罪ののろいから解放されているのです。

「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖(あがな)い出してくださいました。なぜなら、『木にかけられる者はすべてのろわれたものである。』と書いてあるからです。」(ガラテヤ3:13)

ソロモンは、エブヤタルとヨアブとシムイの難しい問題を賢明に解決することによって、彼が王国建設者として力量のある人物であることを証明しました。こうしてソロモンに対する主の祝福はこれらの初期の彼の働きが成功したことによって明らかになったのです。

あとがき

パウロは「私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。」(ピリピ3:8)と言いました。もしパウロがそれまで持っていたパリサイ人としての地位、名誉、評判を惜しんでいたら、キリストのすばらしさを知ることはできなかったのです。私たちが一歩でも前に向かって進もうとするなら、今立っている立場を捨てなければ、離れなければならないのです。今、持っているものを両手でかかえながら、別の新しい、更に優れたものをつかむことはできません。私たちは毎日、昨日までのものを捨てて、明日に向かって今日を生きていくのです。それが人生です。

(まなべあきら 2012.2.1)
(聖書箇所は【新改訳改訂第3版】より)


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