聖書の探求(061a) 出エジプト記25~31章の序 幕屋に関する神のご計画

25章から31章は幕屋に関する神のご計画が記されています。
いよいよ神は礼拝に関することを教えようとされているのです。

この幕屋建設については、出エジプト記の分解(4)にも記しておきましたが、
25~31章‥神の御意の啓示(計画)
32~34章‥神の御意に対する侮り(遅延)
35~40章‥神の御意の完成(恩寵)
という経緯をたどっています。

また、アンガーは、旧約聖書中には三種類の幕屋が記されていることを示唆しています。

(1) 備えの天幕:「主の家」(23:19)「備えた所」(23:20)、「会見の天幕」(33:7)

出 23:19 あなたの土地の初穂の最上のものを、あなたの神、【主】の家に持って来なければならない。・・・

出 23:20 見よ。わたしは、使いをあなたの前に遣わし、あなたを道で守らせ、わたしが備えた所にあなたを導いて行かせよう。

出 33:7 モーセはいつも天幕を取り、自分のためにこれを宿営の外の、宿営から離れた所に張り、そしてこれを会見の天幕と呼んでいた。だれでも【主】に伺いを立てる者は、宿営の外にある会見の天幕に行くのであった。

この天幕は宿営の外におかれ、モーセだけがこの中に入って、主と顔と顔を合わせて交わったようです(33:10~11)。ここではまだ、祭司による儀式は行なわれていませんでした。

出 33:10 民は、みな、天幕の入口に雲の柱が立つのを見た。民はみな立って、おのおの自分の天幕の入口で伏し拝んだ。
33:11 【主】は、人が自分の友と語るように、顔と顔とを合わせてモーセに語られた。モーセが宿営に帰ると、彼の従者でヌンの子ヨシュアという若者が幕屋を離れないでいた。

(2) シナイにおける幕屋‥これが35~40章で建設されようとしている幕屋です。

この特長は、
(イ) 祭司をとおして、神と人とが会う場所
(ロ) イスラエル人の天幕の宿営地の中心に置かれた(民数記2章)
(ハ) カナン征服まではイスラエルの民とともに移動した。
(二) カナン定住後は、しばらくシロ(エフライム族の町)にあった(サムエル第一1:24)

Ⅰサム 1:24 その子が乳離れしたとき、彼女は雄牛三頭、小麦粉一エパ、ぶどう酒の皮袋一つを携え、その子を連れ上り、シロの【主】の宮に連れて行った。その子は幼かった。

(ホ) エベン・エゼルの戦いにおいて、ペリシテ人によって主の契約の箱は奪われ、幕屋は一部を残して破壊されたものと思われます(サムエル記第一4章)。
主の箱がペリシテ人から返されても、主の箱は幕屋に置かれず、アビナダブの家に運んでエレアザルがこれを守っていました(サムエル第一7:1)。

Ⅰサム 7:1 キルヤテ・エアリムの人々は来て、【主】の箱を運び上げ、それを丘の上のアビナダブの家に運び、彼の子エルアザルを聖別して、【主】の箱を守らせた。

これは主の箱を安置する幕屋がまだ修築されていなかったからだと思われます。その後、ダビデが主の箱をおさめるためにエルサレムに天幕を張りましたが、モーセがシナイで造った天幕の一部(青銅の祭壇)はソロモンの頃までギブオンに残っていました(歴代第二1:3~6)。

Ⅱ歴代 1:3 ソロモンおよび彼とともにいた全集団はギブオンにある高き所に行った。そこには、【主】のしもべモーセが荒野で造った神の会見の天幕があったからである。
1:4 ──しかし、神の箱については、ダビデはこれをキルヤテ・エアリムから、ダビデがそのために定めておいた場所に運び上らせた。箱のために天幕をエルサレムに張っておいたからである──
1:5 また、フルの子ウリの子のベツァルエルが造った青銅の祭壇を【主】の幕屋の前に置き、ソロモンと会衆は主に求めた。
1:6 ソロモンはその所で【主】の前にある青銅の祭壇の上に──その壇は会見の天幕の所にあった──いけにえをささげた。すなわち、その上で一千頭の全焼のいけにえをささげた。

(3) ダビデが造った幕屋(歴代第一15:1~3、歴代第一16:1、歴代第二1:4)

Ⅰ歴代 15:1 彼はダビデの町に自分のために家を造り、また、神の箱のために場所を定め、そのために天幕を張った。
15:2 そのとき、ダビデは言った。「レビ人でなければ、神の箱をかついではならない。【主】は、【主】の箱をかつがせ、とこしえまでも、ご自身に仕えさせるために、彼らを選ばれたからである。」
15:3 ダビデは全イスラエルをエルサレムに呼び出して、【主】の箱を定めておいた場所へ運び上らせようとした。

Ⅰ歴代16:1 こうして、彼らは、神の箱を運び込み、ダビデがそのために張った天幕の真ん中に安置した。それから、彼らは神の前に、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげた。

Ⅱ歴代 1:4 ──しかし、神の箱については、ダビデはこれをキルヤテ・エアリムから、ダビデがそのために定めておいた場所に運び上らせた。箱のために天幕をエルサレムに張っておいたからである──

ダビデは自分が造った天幕の中に主の箱を運び入れましたが、それで満足せず、神殿を建てたいと主に申し出ました。しかしそれは許されず、ソロモンが神殿を建てるまで、主の箱はここに置かれました。

〔幕屋について〕

一、その構造(図を参照)

二、その建設の経費

その総額は邦貨にして少なくも数十億円に達するものと思われます。これはみな、自由なささげ物によって満たされました(35:4~29節)。
「イスラエル人は、男も女もみな、主がモーセを通して、こうせよと命じられたすべての仕事のために、心から進んでささげたのであって、彼らはそれを進んでささげるささげ物として主に持って来た。」(35:29)

三、その霊的意義

(1) 神が罪人と会われる所(25:22)

出 25:22 わたしはそこであなたと会見し、その『贖(あがな)いのふた』の上から、すなわちあかしの箱の上の二つのケルビムの間から、イスラエル人について、あなたに命じることをことごとくあなたに語ろう。

(2) 神が罪人と交わられる所(25:22、参考:ヨハネ第一1:3,7)

出 25:22 わたしはそこであなたと会見し、その『贖(あがな)いのふた』の上から、すなわちあかしの箱の上の二つのケルビムの間から、イスラエル人について、あなたに命じることをことごとくあなたに語ろう。

Ⅰヨハ 1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。

Ⅰヨハ 1:7 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。

(3) 神がご自身を人に啓示される所(29:45、参考ヨハネ1:18、14:21)

出 29:45 わたしはイスラエル人の間に住み、彼らの神となろう。

ヨハ 1:18 いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。

ヨハ 14:21 わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現します。」

(4) 神がご自身を人に知らしめられる所(29:46、参考:ヨハネ第一2:3~5)

出 29:46 彼らは、わたしが彼らの神、【主】であり、彼らの間に住むために、彼らをエジプトの地から連れ出した者であることを知るようになる。わたしは彼らの神、【主】である。

Ⅰヨハ 1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。
1:4 私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。
1:5 神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。

(5) 神が人に聖潔を求められる所。神が幕屋において、その民とともに住まわれることは、民の側における聖潔を要求します(レビ記20:7,8、ペテロ第一1:16)。

レビ 20:7 あなたがたが自分の身を聖別するなら、あなたがたは聖なる者となる。わたしがあなたがたの神、【主】であるからだ。
20:8 あなたがたは、わたしのおきてを守るなら、それを行うであろう。わたしはあなたがたを聖なる者とする【主】である。

Ⅰペテ 1:16 それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と書いてあるからです。

(イ) 民の間に住む場合・・・レビ記20:26、21:8、民数記5:3

レビ 20:26 あなたがたはわたしにとって聖なるものとなる。【主】であるわたしは聖であり、あなたがたをわたしのものにしようと、国々の民からえり分けたからである。』

レビ 21:8 あなたは彼を聖別しなければならない。彼はあなたの神のパンをささげるからである。彼はあなたにとって聖でなければならない。あなたがたを聖別する【主】、わたしが聖であるから。

民 5:3 男でも女でも追い出し、彼らを宿営の外に追い出して、わたしがその中に住む宿営を汚さないようにしなければならない。」

(ロ) 民の内に住む場合・・・ヨハネ14:23、エペソ2:20~22、ヨハネ第一4:16

ヨハ 14:23 イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。

エペ 2:20 あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。
2:21 この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、
2:22 このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。

Ⅰヨハ 4:16 私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。

(ハ) 民とともに住む場合・・・ヨハネの黙示録21:3,4

黙 21:3 そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、
21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

(6) 神が人に語りかけられる所(29:42、参考:コリント第二6:16~18、ヨハネ14:26、15:26、16:8~11、16)

出 29:42 これは、【主】の前、会見の天幕の入口で、あなたがたが代々にわたって、絶やすことのない全焼のいけにえである。その所でわたしはあなたがたに会い、その所であなたと語る。

Ⅱコリ 6:16 神の宮と偶像とに、何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。神はこう言われました。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
6:17 それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。汚れたものに触れないようにせよ。そうすれば、わたしはあなたがたを受け入れ、
6:18 わたしはあなたがたの父となり、あなたがたはわたしの息子、娘となる、と全能の主が言われる。」

ヨハ 14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

ヨハ 15:26 わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。

ヨハ 16:8 その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。
16:9 罪についてというのは、彼らがわたしを信じないからです。
16:10 また、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなるからです。
16:11 さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。

(7) 神が罪人を受け入れられる所(レビ記1:4)

レビ 1:4 その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖(あがな)うため、彼の代わりに受け入れられるためである。

(8) 神が罪人を赦される所(レビ記4:20、参考:へブル9:23、10:22、「血の注ぎ」は犠牲の壇(赦罪と義認)を表わし、「きよい水」は洗盤(聖化)を表わす)

レビ 4:20 この雄牛に対して、彼が罪のためのいけにえの雄牛に対してしたようにしなさい。これにも同様にしなければならない。こうして祭司は彼らのために贖(あがな)いをしなさい。彼らは赦される。

(9) 神が罪人から礼拝を受けられる所(23:15、参考:ヨハネ4:23,24)

出 23:15 種を入れないパンの祭りを守らなければならない。わたしが命じたとおり、アビブの月の定められた時に、七日間、種を入れないパンを食べなければならない。それは、その月にあなたがエジプトから出たからである。だれも、何も持たずにわたしの前に出てはならない。

ヨハ 4:23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。
4:24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」

(10) これらのことは、私たちの間に住まわれたイエス・キリストにおいて完成した。

「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」(ヨハネ1:14)
この「住む」は、原語では「幕屋を張る」という意昧です(レビ記26:11,12)。

レビ 26:11 わたしはあなたがたの間にわたしの住まいを建てよう。わたしはあなたがたを忌みきらわない。
26:12 わたしはあなたがたの間を歩もう。わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる。

それ故、幕屋は、神のみ子イエス・キリストの受肉の象徴です。

ここで、神がご自分を人に顕現される、その顕現の発展性を簡単に見ておきましょう。

(1) 族長たちへの個人的な顕現
(2) モーセに対する個人的顕現
(3) 雲の柱、火の柱による顕現
(4) 幕屋の中での臨在
(5) 王、預言者たちへの顕現
(6) イエス・キリストの受肉による顕現
(7) キリスト者の聖霊による内住の顕現
(8) キリストの再臨による顕現
(9) 新しいエルサレムにおける顕現

四、その教訓

(1) 神が人の中に住みたいと願っておられること。神が人を創造された目的は、神と人とが交わることです。

(2) 神の聖なること。それ故、神は人に聖潔を要求されます。

(3) 人の罪深いこと。それ故、犠牲の血(キリストの血)による贖(あがな)いが必要です。

(4) 神に近づく道は、ただキリストの血をとおしてであることを教えています。

(5) 幕屋は、神を礼拝するために建てられた最初の建物であり、新約的意味では、イエス・キリストとその救いの型です。

五、その象徴するもの(幕屋のタイプ)

(1) 一般的には

(イ) 教会のタイプ(25:9、エペソ2:19~22)

出 25:9 幕屋の型と幕屋のすべての用具の型とを、わたしがあなたに示すのと全く同じように作らなければならない。

エペ 2:19 こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。
2:20 あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。
2:21 この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、
2:22 このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。

(ロ) 個々の信者のタイプ(コリント第一6:19、コリント第二6:16)

Ⅰコリ 6:19 あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。

Ⅱコリ 6:16 神の宮と偶像とに、何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。神はこう言われました。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

(ハ) 天にある真の幕屋のタイプ(ヘブル9:24、黙示録21:3)

ヘブル 9:24 キリストは、本物の模型にすぎない、手で造った聖所に入られたのではなく、天そのものに入られたのです。そして、今、私たちのために神の御前に現れてくださるのです。

黙 21:3 そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、

(2) キリストのタイプ

これについては、これから少しずつ解説していきましょう。

聖書中、特に幕屋を扱っている書物は、出エジプト記、レビ記、民数記、ヘブル人への手紙です。

あとがき

パウロは、「このキリストを宜べ伝える」(コロサイ1:28)と言いました。

コロ 1:28 私たちは、このキリストを宣べ伝え、知恵を尽くして、あらゆる人を戒め、あらゆる人を教えています。それは、すべての人を、キリストにある成人として立たせるためです。

「このキリスト」とは、クリスチャンの内に住まわれているキリストです。今日、このお方がクリスチャンの内で確信されていないのではないかと思います。この「内なるキリスト」が確信されなくなると、キリスト教は儀式的になったり、行事主義になったり、感情的になったりしていきます。「内なるキリスト」の経験とは、クリスチャンの内にみことばが聖霊によって力強く働いている状態のことです(29節)。

コロ 1:29 このために、私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。

これが「生けるキリスト経験」です。私は、「生けるキリスト」を内に宿したクリスチャンを日本全国に多く起こしていきたいし、また、こういうクリスチャンを生み出し、育てることのできる教会を全国に建てていきたい。主が神であり、王であられるのに、日本で勝利が得られないわけがない。
その秘訣は、神のみことばが内で力強く働いているクリスチャンが多く起こされてくることであると、確信しています。

(まなべあきら 1989.4.1)
(聖書箇所は【新改訳改訂第3版】を引用。)

上の写真は、出エジプト記時代の幕屋の復元画(イスラエルのティムナ渓谷にある幕屋のレプリカ前に掲示されていたもの。2013年訪問)


「聖書の探求」の目次


【月刊「聖書の探求」の定期購読のおすすめ】
創刊は1984年4月1日。2020年7月現在、通巻437号 歴代誌第二24章、まだまだ続きます。
お申し込みは、ご購読開始希望の号数と部数を明記の上、振替、現金書留などで、地の塩港南キリスト教会文書伝道部「聖書の探求」係にご入金ください。
一年間購読料一部 1,560円(送料共)
単月 一部 50円 送料82円
バックナンバーもあります。
(複数の送料) 3部まで94円、7部まで210円.多数の時はお問い合わせ下さい。
郵便振替00250-1-14559
「宗教法人 地の塩港南キリスト教会」


発行人 まなべ あきら
発行所 地の塩港南キリスト教会文書伝道部
〒233-0012 横浜市港南区上永谷5-22-2
電話FAX共用 045(844)8421