聖書の探求(280) サムエル記第一 10章17~27節 サウル、人々の前で正式に王として選ばれる
Freebibleimages.orgのスライドより、「1 Samuel 10:24、Samuel said to all the people.・・(サムエルは民のすべてに言った。・・)」 by John Paul Stanley / YoPlace.com.
17~27節、サウル、人々の前で正式に王として選ばれる
17節、サムエルはいよいよサウルをイスラエルの王として公式に民の前に発表する時を迎えていたのです。
Ⅰサム 10:17 サムエルはミツパで、民を主のもとに呼び集め、
彼はベニヤミンの町ミツパで公式発表をするために民を呼び集めています。「主のもとに」とありますから、サムエルはあくまでも国民を神制政治のほうに関心を向けさせようとしていることが感じ取れます。
18節、サムエルは王の選出(すでに油そそがれていたのですが、民にそれを分からせるために)の手続きに入る前に、イスラエルの神、主のみことばを宣言しています。
Ⅰサム 10:18 イスラエル人に言った。「イスラエルの神、主はこう仰せられる。『わたしはイスラエルをエジプトから連れ上り、あなたがたを、エジプトの手と、あなたがたをしいたげていたすべての王国の手から、救い出した。』
それはイスラエル人が神の民として形成するに至った起源である、エジプトでの奴隷状態からの救出と、イスラエルをしいたげていたすべての敵対する王国から、主が救い出してくださったことを思い起こさせたでしょう。
しかし一旦、イスラエル人の心が神制政治を嫌って異教の民と同じような王国になることのほうに傾くと、このサムエルの宣言も、イスラエル人の心を主による神制政治に引き戻すことはできなかったのです。人は過去に受けた恵みには感謝するとは言うけれど、真剣にそれを大切にしようとはしないで、今の自分の思いを成し遂げようとして、愚かなわざわいの道へと転がって行くのです。人の考えを優先させて、神の警告を聞き入れようとはしないのです。
Ⅰサム 10:19 ところで、あなたがたはきょう、すべてのわざわいと苦しみからあなたがたを救ってくださる、あなたがたの神を退けて、『いや、私たちの上に王を立ててください』と言った。今、あなたがたは、部族ごとに、分団ごとに、主の前に出なさい。」
19節でサムエルは、「あなたがたはきょう、すべてのわざわいと苦しみからあなたがたを救ってくださる、あなたがたの神を退けて、『いや、私たちの上に王を立ててください。』と言った。」と言って、イスラエルの民が神の直接のご支配による神制政治を拒絶して、異教の国々と同じような王を求めたことは咎められるべきことだと、もう一度、念を押しています(サムエル記第一 8:4~8)。
Ⅰサム 8:4 そこでイスラエルの長老たちはみな集まり、ラマのサムエルのところに来て、 8:5 彼に言った。「今や、あなたはお年を召され、あなたのご子息たちは、あなたの道を歩みません。どうか今、ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください。」 8:6 彼らが、「私たちをさばく王を与えてください」と言ったとき、そのことばはサムエルの気に入らなかった。そこでサムエルは主に祈った。 8:7 主はサムエルに仰せられた。「この民があなたに言うとおりに、民の声を聞き入れよ。それはあなたを退けたのではなく、彼らを治めているこのわたしを退けたのであるから。 8:8 わたしが彼らをエジプトから連れ上った日から今日に至るまで、彼らのした事といえば、わたしを捨てて、ほかの神々に仕えたことだった。そのように彼らは、あなたにもしているのだ。
「今、あなたがたは、部族ごとに、分団ごとに、主の前に出なさい。」
「分団」とはヘブル語では「氏族」を意味します。20節で「ベニヤミンの部族がくじで取り分けられた。」とあるのは、このことを意味しています。
Ⅰサム 10:20 こうしてサムエルは、イスラエルの全部族を近づけた。するとベニヤミンの部族がくじで取り分けられた。
すでにサウルが油そそがれているのに、くじで選別が行なわれているのは、イスラエルの民が神の直接のご支配を嫌っていたからなのか、あるいは一般の民には、神の油そそぎの主権が分からなかったからなのか、どちらかでしょう。どちらにしても、神に用いられる人は神が油そそがれた人だけです。
昔、ミリヤムがアロンと一緒になって、弟のモーセを嫉妬し、非難した時、主は「わたしのしもべモーセはそうではない。彼はわたしの全家を通じて忠実な者である。彼とは、わたしは口と口とで語り、明らかに語って、なぞで話すことはしない。彼はまた、主の姿を仰ぎ見ている。なぜ、あなたがたは、わたしのしもべモーセを恐れずに非難するのか。」(民数記12:7,8)と言われました。
コラとダタンとアビラムがモーセとアロンに逆らった時、モーセは「あしたの朝、主は、だれがご自分のものか、だれが聖なるものかをお示しになり、その者をご自分に近づけられる。主は、ご自分が選ぶ者をご自分に近づけられる。」(民数記16:5)と言い、主によって、コラ、ダタン、アビラムとその家族たちはみな、地が裂けてのみ込まれたのです。
ペテロたちが、イスカリオテのユダが欠けたのを補うために、くじでマッテヤを選んだ時も、主が用いられたのはマッテヤではなく、パウロだったのです。
サウルを選ぶために用いられたくじが、どのような手法のものであったかは不明ですが、おそらく器の中に部族の名前を書いたものを入れておいて、それを引き出すことによって行なわれたのでしょう。
21節、ベニヤミンの部族の中からマテリの氏族が取り分けられています。
Ⅰサム 10:21 それでベニヤミンの部族を、その氏族ごとに近づけたところ、マテリの氏族が取り分けられ、そしてキシュの子サウルが取り分けられた。そこで人々はサウルを捜したが、見つからなかった。
マテリの氏族の名前は旧約聖書中、他のどこにも記されていません。また、このくじで取り分けられた中間の氏族が省略されている可能性もあります。この部分のギリシャ語訳の七十人訳聖書では次のようになっています。
「最後に彼はマテリの氏族を一人ずつ近くに来させた。」
この訳のほうがより分かりやすいでしょう。
「そしてキシュの子サウルが取り分けられた。そこで人々はサウルを捜したが、見つからなかった。」
サウルは隠れていて、くじの現場に居なかったのですから、サウル自身がそのくじを選んだのではありません。サムエルが選んだのか、代理の者が選んだのでしょう。サウルはすでに自分が王に選ばれたことを知っていたので、謙遜からか、恐れをなしてか、身を隠していたのです。
22節、人々は主に、「あの人はもう、ここに来ているのですか。」と尋ねています。
Ⅰサム 10:22 それで人々がまた、主に、「あの人はもう、ここに来ているのですか」と尋ねた。主は、「見よ。彼は荷物の間に隠れている」と言われた。
人々は主のみこころを尋ねたものと思われます。主は、「見よ。彼は荷物の間に隠れている。」と答えておられます。おそらくサムエルが主の啓示を受けて答えたのでしょう。
サウルがなぜ、荷物の間に隠れていたのか、その理由は何も記されていません。それは多分、サウルの生来の内気な性格や謙遜からであったと思われます。生まれながらの内気さや物静かな、穏かそうな性格は、一見、立派な謙遜に見えますが、これは神から出たものではないので、苦難や危険に迫られた時には、優柔不断な態度に出たり、不安、恐怖、思い煩いに陥り、不信仰、不服従へと姿を変えて行くのです。どんなに良さそうに見えているものでも、神から与えられたものでないと、苦難の時に崩れていくのです。サウルの王になってからの後半の生涯は、まさにそのことを現実に現わした悲惨なものになりました。
23節、サウルが連れて来られて、「民の中に立つと、民のだれよりも、肩から上だけ高かった。」
Ⅰサム 10:23 人々は走って行って、そこから彼を連れて来た。サウルが民の中に立つと、民のだれよりも、肩から上だけ高かった。
これは9章2節でも言われていたサウルの体格の特徴です。
24節、サムエルは民にサウルを紹介しました。
Ⅰサム 10:24 サムエルは民のすべてに言った。「見よ。主がお選びになったこの人を。民のうちだれも、この人に並ぶ者はいない。」民はみな、喜び叫んで、「王さま。ばんざい」と言った。
「見よ。主がお選びになったこの人を。民のうちだれも、この人に並ぶ者はいない。」
サムエルは、「民が選んだ」と言わず、「主がお選びになったこの人」と言っています。サウルには神から王としての権威が委ねられたことを示しています。ですからサウルが神の道を忠実にたどって行けば、民は祝福を受けるし、サウルが神の道をはずれると民はわざわいを受けることになります。その上、民はサウルに忠実に従う義務が生じるのです。
主はヨハネの福音書15章16節で、次のように言っておられます。
「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」
これは、イエス様を信じて救われる時のことを言っているのではありません。またジョン・カルヴィンが言う「選びの教理」のことを言っているのでもありませんから、間違わないでください。
これは主の弟子として任命された者のことを言っています。救われた後、主の使命を受けた者のことです。確かに、私たちが主のみことばを信じて従って行くのですが、主は「あなたがたがわたしを選んだのではありません。」と言っておられます。人が神を選んだのなら、人を救いに導くための主の権威は与えられません。ですから、主が自分を選んで任命してくださったのだという信仰が必要になります。この信仰がないと、どんなに働いても実を結ぶことができません。いつも自分の知恵と力で働いてしまうからです。主に祈っても、主のみわざを見ることはありません。必死に努力をしても、主が選んで下さっていないからです。主に任命されていない、主がともに働いてくださらない、人間の努力はむなしいのです。
「主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。」(マルコ16:20)
「民はみな、喜び叫んで、『王さま。ばんざい。』と言った。」民はサウルのそびえ立つ体格を見て、喜び、安心し、力強さを感じて、喜び叫んだでしょう。これは王に対する敬意と忠誠を表わしたのですが、彼らの願いがかなえられたことへの喜びでもあったのです。この「王さま。ばんざい。」という叫びには、神に対する賛美も、礼拝の心も、あまり見られないようです。生まれつきの体格が良くても、生来の性格が穏かなようでも、信仰が堅忍不抜でないと、その喜びの叫びは、やがて悲嘆に変わってしまうのです。
25節、「サムエルは民に王の責任を告げ、それを文書にしるして主の前に納めた。」
Ⅰサム 10:25 サムエルは民に王の責任を告げ、それを文書にしるして主の前に納めた。こうしてサムエルは民をみな、それぞれ自分の家へ帰した。
サムエルは8章9~18節で、王を持った時に、王が民に求める要求を告げて、民を前もって警告し、備えさせていました。ここでは王に対して「王の責任」を民に語り聞かせただけでは忘れてしまうし、後代に伝わらないので、文書に記して主の前に納めています。
「王の責任」とは、王国の律法であり、王の権利と義務の推進と制限の責任のことです。君主制には強力な権限が伴いますが、またそれには神の裁可によって制限が加えられています。サムエルは将来、王の権力の乱用が起きるであろうことを想定して、王の責任を文書にしたのです。
「文書にしるし」たことは、モーセの律法の書以来、重要視されるようになりました。また預言書の中で初めて書き記すことを取り上げています。こうして神のみことばがその時代の人々の前に語り告げられるだけでなく、書き記す重要性が認識されるようになっています。
「主の前に納めた」は、当時、再建されていたシロの幕屋か、あるいはミツパで、今は知られていない様式に従って、幕屋の中に納められたものと思われます。
「サムエルは民をみな、それぞれ自分の家へ帰した。」
王国は認証され、サウルが王として紹介されたけれども、なおサムエルが指揮を取って民を解散させています。王の地位に着いても、すぐに実力がつくわけではありません。
26節、「神に心を動かされた勇者は、彼について行った。」
Ⅰサム 10:26 サウルもまた、ギブアの自分の家へ帰った。神に心を動かされた勇者は、彼について行った。
サウルがギブアにある自分の家に帰る時、神に心動かされた勇者たちが従って行っています。神の働きをする人たちはみな、神によって心を動かされている人たちでなければなりません。
「そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当らせることにします。」(使徒6:3)
モーセに率いられてエジプトを出て来たイスラエル人の中に、エジプト人が混ざっていました。彼らはエジプトでの主のみわざを見て、イスラエル人と共にエジプトを出た人々です。彼らは神に心を動かされた勇者たちではありませんでした。彼らがシナイの旅路で真先に呟(つぶや)き始めたのです。その不信仰はたちまちイスラエル人全体に伝染してしまったのです。ですから、弟子たちも聖霊に満たされるまでエルサレムにとどめられたのです(使徒1:4,5)。
使 1:4 彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。
1:5 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」
27節、これとは反対に、「よこしまな者たち」は、神が選ばれた王サウルを軽蔑し、侮ったのです。
Ⅰサム 10:27 しかし、よこしまな者たちは、「この者がどうしてわれわれを救えよう」と言って軽蔑し、彼に贈り物を持って来なかった。しかしサウルは黙っていた。
「よこしまな者」は2章12節のエリの息子たちにも使われています。直訳では「ベリヤアルの子」で、主を知らない、邪悪な人のことです。彼らはサウルに聞こえるように、「この者がどうしてわれわれを救えよう。」と軽蔑する言葉を言い、王に対して敬意を表わす「贈り物を持って来なかった。」
神が働かれると、いつでもこのように神の選ばれた人を軽蔑したり、中傷したり、侮辱する人が現われるのです。
「しかしサウルは黙っていた。」
ヘブル語の文字通りの意味は、「彼は耳が聞こえない者のようにしていた」です。サウルはあたかも、何も聞こえていないかのようなふりをしていたのです。内気な性格でしたから、すぐに争いにはなりませんでしたが、彼は王になってすぐ、屈辱を味わわせられたのです。
サウルはギブアに帰ると、戦いに備えて要塞を築いています。W・F・オルブライトはその要塞を発掘しています。その要塞は士師記20章でベニヤミンとイスラエルが戦った時に火で焼かれた町の跡地に造られたのです。そのサウルの要塞は、大きくもなく、豪華でもなく、二重の壁に囲まれていて、四隅に塔がありました。建物の内部は二階建で、陶器の器や、大きな料理鍋、鉄製の鋤の先端が遺跡の中から見つかっています。ここがペリシテを初め敵対者との度重なる戦いにおいて、サウルが指揮を取ったサウルの司令部であったことは間違いないでしょう。そしてサウル王の時代の王国の首都となっていたことは明らかです。
上の写真は、サウルのいたギベアと同定されたTell el-Fulの1931年の写真(G. Eric and Edith Matson Photograph Collection)(米国議会図書館蔵、Wikimedia Commonsより)
あとがき
祈っても、なかなか事が動かない時、辛抱強く握って待っていることができるのが聖書のことばです。聖書のことばが本当に分かる時は、そのみことばを信じて活用して主のみわざが行なわれた時です。聖書のことばを学んで分かることは、通り一遍の平面的な理解でしかありません。分からないことが分かった時は驚きを感じるでしょうが、聖書のことばを活用して主の愛のみわざを経験する時、本当の意味で神のみことばが分かったと言えるのです。これは聖書のことばの意味が理解できたという平面的なことではなく、神のみことばの権威と力とを経験することです。マタイ8章5~13節の百人隊長は、主のみことばの権威を信じた時、主のみわざがなされたのです。ぜひ経験させていただきましょう。
(まなべあきら 2007.7.1)
(聖書箇所は【新改訳改訂第3版】より)