書籍紹介 「みことばの黙想(1)創世記」

まなべあきら著 B6判 174頁
この本は、創世記から108の聖句を選んで、文脈にそって書かれているメッセージです。
心に力が与えられます。いつもバッグに入れて持ち歩いて、読んでいる方もおられます。
教会の学びのテキストに使っておられる方もいます。心に力を欲しい方、ぜひお読みください。

 

はじめに

 つたない伝道、牧会の奉仕にたずさわりながら、いつも私の心の中で模索し続けてきましたことは、どうすればクリスチャンが勝利のある信仰生活を送れるようになれるか? ということです。この問題はすでに、先人の先生方から答えが出されてしまっていますけれども、現実のクリスチャンの生活は決して勝利あるものになっていないように思えるのです。それは一体、なぜなのか? この分かりきった質問を私は長い間、心の中で繰り返してきました。そして今、はっきりと一つの結論に到達したのです。それは神のみことばによって、十分に深く養われることです。祈りも、讃美も、献身も、奉任も、みな大切なことです。しかし、もし、クリスチャンが十分に神のみことばに養われずにこれらのことにあたっているなら、やはり、力のない信仰生活しかできないのではないでしょうか。

 主イエスは、「ただし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行きません。」 (マタイ一七・二一)と言われました。これは奉仕についてですが、その前に主イエスはもっと根本的なことを語られたのですそれは、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」 (マタイ四・四)というみことばです。

 私たちは、十分に神のみことばによって養われることなしに、祈りや讃美や奉仕にたずさわってきたのではないでしょうか。私は、先の聖句に新に触れた時、そのような神のみ声を開いたような気がしました。それで私は、多くの高名な先生方の黙想の書があるにも拘らす敢えてこの本を書くことに挑戦しました。

 この本の特長は、聖句を聖書のあっちこっちから取り出さずに、本文の順序に従って取り上げていることです。これによって読者の方々は、断片的な聖句の黙想に陥らずに、聖書の流れに沿って、みことばを黙想することができますですから、聖書通読にも役立ちます。また、求道中の方々や、聖書に関心のある方々にも分かりやすいようにと、配慮したつもりです。

 ただ一つ心配なことは、この「みことばの黙想」をヨハネの黙示録まで書き通す霊的力を、神がこの私に与えてくださるかということです。私にとっては、大いなる挑戦ですので、読者の皆様のお祈りをお願い申し上げます。

著者 まなべ あきら
一九八五年五月二〇日

一章一節

 「初めに、神が天と地を創造した。」

 私は、この大宇宙を神が創造されたことを、科学的根拠を上げて説明しようと思っているのではありません。なぜならこの大宇宙の秩序が自然に出来上がったと証明できた科学者は、一人もいないからです。あの有名なアインシュタイン博士も 「科学を追求していくと、必ずその背後にそれを設計した偉大な方を考えざるを得なくなる。」と言っています。

 ところで聖書は、どう言っているでしょうか。聖書はもっとはっきりと、「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。」 (詩篇一九・一)
と言っています。あなたは、あの輝く太陽も夜空にキラメク無数の星も神がお造りになった傑作品であることを知っていますか。そして神は、その同じ御手でもって、あなたをお造りになり、あなたの人生を設計され、

 あなたを導き、あなたを支えておられるのです。この大宇宙を造られた神の御腕が、この小さな私やあなたを支えていてくださるのですから、恐れたり、不安になったりする必要はありません。

 神は、一つの星が通る道を知っておられるように、あなたの人生の歩むべき道も知っておられます。

 神は、一つ一つの星を輝かせておられるように、あなたも輝かせたいのです。星は、驚くほど長い時間、神の置かれたその場所にとどまり、神が定められた軌道を走り続けて、地上に輝きを送ってくるのです。私たちも神のみこころを信じて、神が置いてくださった場所にとどまり、神の示してくださった道を走り続けましょう。その間には、いやになったり、失望したり、逃げ出したくなることもあるでしょう。しかし、神があなたを別の場所に置かれるまでは、その場所にとどまっていてください。

 もし金星が現れる場所が、毎日気ままに変わっていたら、だれがその輝きを見つけることができるでしょうか。

 神は今も新しい星を造っておられます。しかし新しい星は、あまり輝かないのです。段々時間がたっていくうちに輝きは増してくるのです。失望も挫折も輝きのエネルギーとなっていくのです。神の御腕にすべてをまかせましょう。

以上、一部抜粋