プリント紹介 「ヨエル書」 A4 38枚

目次

Ⅰ、文体
Ⅱ、年代
Ⅲ、記者ヨエル(ペンテコステの預言者と呼ばれている)
Ⅳ、執筆事情
Ⅴ、ヨエルの預言のメッセージ
Ⅵ、目的
Ⅶ、特徴
Ⅷ、使命
Ⅸ、今日のための教訓
Ⅹ、ヨエル書の構成と繰り返されている(似ている意味の)重要な語と、その象徴
Ⅺ、分解
Ⅻ、各章の詳細解説

以下、一部抜粋

ヨエル書

本書は、預言者ヨエル(yôel)の名が、付けられています。

文体

ヨエル書は、熱情と強い迫力をもって書かれており、その文体は、整然としたへプル文書の特徴である並行法の特徴をもっています。ヨエルは教養のあった人であると思われます。彼の文章は洗練されており、明るく流れるような流暢さで、明瞭に書かれています。
ハガイやマラキの文体は、半分、ラビ的な(ラビとは、ユダヤの教師のことです。)時代を反映していますが、ヨエルの文体は、叙情的で、絵画的で、直喩を使っており、リズム感のある素朴な美しさを持っています。

ヨエルの預言から見ると、彼の性格は、火の如く大胆で、信仰においては楽天的で、情熱的ですが、優しく、寛大な面も持っているようです。しかし、ホセアのような哀愁的な、情愛の深い面は見られません。ホセアは、内省的な、家庭の人でしたが、ヨエルは、外向的な、公の人でした。

ヨエルのそのような性格は、彼のメッセージにも表わされています。彼のメッセージには、行動が伴うべきだという、命令形があふれています。それらの命令は、明らかに特定の目的に向けられています。これらの命令は、三つの範疇に分けることができるでしょう。

1、目を覚ませ
1章は、幼子から老人に至るまで、主に対する無関心と無気力の状態から目を覚ますように、呼びかけています。

2、再興せよ(リバイブせよ)
2:1~17 日覚めさせられたなら、主に対する信仰を立て直さなければなりません。

3、喜べ
2:18~3章 心から主に立ち返ったなら、主は愛とあわれみを回復してくださるので、楽しみ喜ぶようにと、命じています。

ヨエル書は、命令に満ちていますが、それは「目を覚ませ」から始まっています。

年代

ヨエル書が書かれた年代決定の難しさは、ヨエルの思想と表現が、ヨエル以外の旧約の小預言書の中に用いられているからです。それ故、本書の年代を、聖書の内的証拠によって決定しようとすればするほど、困難になってくるのです。

そこで、学者たちは、ヨエルがこれらの思想の源泉であるか、それとも、ヨエルがこれらの思想の最後の収集者のどちらかであると考えたのです。学者たちがこう考えるようになったきっかけは、ヨエル書がアッシリヤやバビロンについて、何の言及もしていないことによるのです。ヨエルがこの二大帝国について何も書いていないのは、彼の働いた時代が、アッシリヤ帝国が興隆する以前だったか、アッシリヤとバビロン帝国が滅んでしまっていたバビロン没落後のことであったかと、推定しているからです。前者と考えると、ヨエル書の執筆年代は捕囚期前の初期のものとなり、後者と考えると、捕囚期後の後期のものとなります。こうして二つの説が出てきたのです。

保守的な現代の聖書学者たちの中にも、多くの人がヨエルの預言を捕囚期前の初期のもの、すなわち、紀元前8世紀から9世紀頃としています。彼らの中には、クレドナー、ワイナー、エワルド(ヨアシの時代としています。)、デリッチ、ヒッチッヒ、クライネルト、ウィリンシュ、シュタイナー、ロイス(この人は、正確な年代は分からないとしていますが、捕囚期前の初期のものとしています。)、へングステンペルクとプリーク(このふたりは、アモスの時代の紀元前800年頃としています。)がいます。そして、近年の批評学的見解を示す多くの学者は、ヨエル書の言語を証拠に上げることを好んで、後者の、挿囚期後の後期の年代を取ろうとしています。彼らの中には、ドライバー、メリックス、コーニル、ピーパー、G・A・スミスたちがいます。

しかし、ここに面白い見解を示す人がいます。それはジョージ・L・ロビンソンです。彼の指摘は、次のようなものです。

「近年の批評学的見解は、ヨエル書の年代をマカベヤ時代に続く時代としていますが、ヘプル語の経典とギリシャ語訳旧約聖書(七十人訳聖書のことを言っていると思われます。)では、ヨエルは初期の捕囚期前の預言者たちのグループの中にまとめられています。もし、ヨエル書が、経典がまとめられた経典形成時代に近い、後期に書かれたとするなら、ヘプル語経典とギリシャ語訳旧約聖書の訳者や編集者たちがヨエルを初期の時代の人としていることは、明らかに矛盾しています。」

初期の年代を示す要素としては、

第一に、王に関する記述がほとんどなく、祭司職に最高の栄誉と尊敬が与えられていることです。王に対する言及がほとんどないことは、王がまだ幼い子どもで、祭司エホヤダが摂政を務めていたヨアシュの時代を指しているようです(列王記第二、12章)。

また、ヨエル書が祭司職に最高の栄誉を与えていることも、祭司エホヤダが王の摂政をしていたことによっても考えられることです。神殿礼拝は続けられており、旱魃といなごの被害によって、穀物が取れなくなり、日々のささげものが出来なくなり、主に仕えていた祭司たちは喪に服していたのです(1:9)。この記事は、宗教が国民一般の中で守られていたことを物語っています。これらの諸事実を考え合わせると、この時代はヨアシェの幼年期に当てはまります。

第二は、南王国ユダと北王国イスラエルは、地理的に非常に近く、また後代には、南のユダ王国と密接な関係を持つようになった北王国イスラエルについての言及が何もないことです。しかし、早期の時代には、アハブの娘で悪名高いアタルヤによって、南王国ユダがひどく苦しめられたこと(列王記第二、11章)を思うと、南王国の預言者だったヨエルが北王国について何も言及しなかったのは当然でしょう。

第三は、非難や命令の章句が、後期の、国が没落していく時代の衰退した国民に対する嘆きのようにではなく、まだまだ戦う意欲の旺盛な者たちに対するように、迫力をもって迫っています。こういう国民は「数多く強い民」(2:2)として記されています。このような表現は、捕囚期後の国民にはあり得ないことです。

第四には、ヨエルとアモスの預言の間における引照の関係です。これは、ヨエルがアモスの預言書から引用したと言われてきました。しかし、いろいろな引照の性格からすると、その逆で、ヨエルの預言が終ったところから、アモスが預言を始めていると考えることも出来ます。これは決定的な根拠を上げることが出来ないまでも、あり得ることです。

たとえば、ヨエル書2:12とアモス書4:6
ヨエル書3:16とアモス書1:2
ヨエル書3:18とアモス書9:13

特に、アモス書1章2節はヨエル書3章16節からの引用であることは確かなようで、多くの学者が信じています。そうであれば、ヨエルはアモス以前の人です。アモスはユダの王ウジヤ、イスラエルの王ヤロブアムニ世の時代に活動していましたから、ヨエルの召命はその前でなければなりません。

第五に、アモスの時代には、「主の日」(アモス書5:18、20)という思想が、普通の状態になっていましたが、これはヨエルとアモスとの密接な関係から見て、ヨエルが初期の宣教の働きにおいて、「主の日」(ヨエル書1:15、2:1、3:14、)という言葉を広めたためであると考えられます。

第六に、いくつかの歴史的事件について、正しく解釈されるなら、それらはヨエル書が早期の時代に執筆されたことを示す根拠となります。

たとえば、ヨエル書3章17節では、「他国人はもう、そこを通らない。」と言っており、他国人がこれまで彼らの領土であるエルサレムを通っていたことを語っています。3章19節では、罪のない血を流したエジプトとエドムを「荒れ果てた荒野」となると宣告しています。これは、レハブアム王の第五年に、ユダに対するエジプトの王シシャクがエルサレムを侵略したこと(列王記第一、14:25)と、ヨラムの時代に、エドムがそむいて、ユダの支配から脱した事件(列王記第二、8:20~22)のことを言っていると考えられます。

ヨエル書3章4~8節で、ヨエルがツロとシドン(フェニキヤ人)とペリシテ人に対して、激しく非難と宣告をしていることは、ユダの王ヨラムの治世中に、ペリシテ人とアラビヤ人がヨラムに敵対して、ユダに侵入して、残虐行為をしたこと(歴代誌第二、21:16~17)を示していると考えられます。また、ツロとペリシテの両国に対する言及は、アモス書1章6~10節にも見られます。

ヨエル書3章2節の「ヨシャパテの谷」への言及は、ヨシャパテ王がベラカの谷で、モアブ、アモン、エドムを打ち破った出来事を言っていると考えられます(歴代誌第二、20:26)。

以上のことすべては、ヨエル書が旧約聖書の中で、早期に書かれたことを支持しています。これらを全く偶然のこととして、軽々しく取り扱うことは出来ません。また小預言書の現在の配列は、年代順であったことを否定することは出来ないのです。ヨエル書が、ホセア書とアモス書との問に位置していることは、ユダヤ人の伝承が、ヨエル書を古い時代のものと考えていたことを示しているように思われます。

しかし、ヨエル書が捕囚から帰還した後に書かれたという後期説に、有利な議論がないわけではありません。この説を支持するおもな理由としては、次のようなものを上げることができます。

第一に、言語と文体の一般的性格が、捕囚後のものであるとする説です。特に、ヨエル書3章1、17節は、紀元前586年にエルサレムがバビロンの攻撃によって、陥落し、破壊された後のことを言っているとする説です。

第二に、北王国に対する言及が全くないことは、すでに、政治的実体としての北王国の国家が存在していなかったことを示しているという主張です。

第三に、イスラエルの国家的罪である偶像礼拝に対する叱責が全くないことは、偶像礼拝の叱責が多かった捕囚前の時代の状況と矛盾するという主張です。

第四は、異教国家に対して、強い敵意を示している態度は、描囚後の時代の後期の大きな特徴であるというのです。捕囚後の時代には、ユダヤ人の民族主義が強くなり、さらに偏狭になり、排他的になったというのです。しかし、この見方は、それこそ批評学者たちの偏狭な見方です。ユダヤ人の独自性は、偶像礼拝時には、緩むことがあっても、変わることはなかったのですから、それを敢えて、偏狭とか、排他的というのは、批評学者たちの偏狭な見方です。

第五に、通常の社会生活における祭司職の優位性や、神殿礼拝において、いけにえをささげる熱心は、捕囚の前の時期よりも小さくなっていると主張し、ヨエル書に記されている祭司職の優位性や、いけにえをささげる熱心は、捕囚から帰還したユダヤの民が、緊密に一体として結合している特徴を表わしている、捕囚後の後代のユダヤ人社会のものであるとするものです。

これらの後期説に対する議論は、慎重に扱わなければなりません。

まず、小預言書の言語や文体を根拠にした議論は、信用できるものがあまりありません。特に、預言者たちの文章は、個人的性格が強く、純粋に個人的要素を比較、関連させること以外、現存するへブル文書によって、発音上の読み方の統一や、識別を、確実に決定することは困難です。現存するへプル文書の数は少なく、それらに照らして、特定の時代の預言者の言葉と文体の特徴を判断し、どういうことが言われており、どういうことではないと、決定することは出来ません。批評学者たちは、数少ないへプル文書のうちのマソラ本文を使って、へプル語の読み方の統一をはかりましたが、却って、識別するために役立つと思われていたへブル語の発音上の区別を壊して、分からなくしてしまったのです。

たとえば、ヨエル書3章1節の「捕われ人を返す。」(口語訳では、「幸福をもとに返す。」)は、必ずしも、捕囚中や、捕囚後に語られたことを意味していません。これはホセア書6章11節でも、アモス書9章14節でも、語られています。これは、預言者たちが、預言した捕囚による荒廃の後、来る回復期のことをはっきり見通して預言しているのであって、決して矛盾しているのではありません。

また、ヨエル書1章と2章を、預言とみなすべきか、それとも、すでに起きていた事件とみなすべきか、問題にする人がいます。メルクス(Die Prophetie des Joel und ihre Aus1eger, 1879)とアイスフェルトとは、これらの章は、将来をさす預言的資料を含んでいると言っています。しかし、これらの二つの章は、完全に一体をなす預言とみなすほうが、ヨエル書の後半とよく適合します。本書全体の記者は、ヨエル自身です。彼の預言活動の時期は、捕囚期前でした。多分、ヨアシェの治世の期間であったと思われます。

この見解を支持する資料として、ユダの敵は、捕囚期中のシリヤ人、アッシリヤ人、バビロン人ではなく、むしろ、ペリシテ人、フエニキヤ人(3:4)、エジプト人、エドム人(3:19)であったことです。ヨアシェの時代には、まだシリヤ人とアッシリヤ人はユダを攻撃し始めていなかったのです。しかし、エジプトは明らかに敵対し続けており、レハブアムの治世中に、ユダに侵入していました。そしてヨラムの治世の少し前から、エドムとペリシテがユダに背いて、戦いに加わっていたのです(列王記第二、8:20~22、歴代誌第二、21:16~17)。

エスレターとロビンソンは、黙示部分(2章28節~3章)に関して、これらは紀元前200年頃に属していると信じています。それ故、彼らとデュームは、ヨエル書の預言の二重著作説をとっています。彼らは、この黙示的内容は、紀元前2世紀の黙示文学に類似していると言っています。

また、3章6節の「ギリシャ人」と言われているのは、セレウシド家系を指していると推測していますが、それは単なる推測にすぎません。早期のヨアシェの時代において、ユダヤ人の捕虜がギリシャ人に売られたということはあり得ることです。

さらに、ヨエル書の黙示的部分は、イザヤ書の黙示的部分と類似点があります。このことから、ヨエルの預言が捕囚期前の早期の時代であったことは、十分にあり得ることです。

ファイファは、ヨエル書の単一性(一人の著作者の作であること)を認めていますが、年代を紀元前350年頃に置いています。

カートレッジは、本文の内的証拠から、この事が紀元前400年に書かれたか、あるいは、ずっと早い年代(紀元前800年頃)に書かれたとしていますが、後者の可能性は少ないと結論しています。

しかし、ヨエルの預言は、美しく完成された統一体を形成しており、その統一性を真面目に疑う人はばとんどいません。第一章が歴史的であるのに対して、二章、三章が黙示的であることは、本書全体がヨエルによって書かれたことを無効にするものではありません。第三章は、一章、二章とは全く異なる理念を持って書かれ、また異なる関心を持って書かれています。第三章は、一章、ニ章とは何の関係もないかのように見えますので、異なる記者によって書かれたのではないかという考えを起こす人もいますが、第三章は、ヨエルの生涯の中で、アタリヤ事件が終った後に、異なった環境のもとで書かれたのだと考えることによって、適切な説明が出来るでしょう。それ故、ヨエル書全体は、ペトエルの子ヨエルによって書かれたのです。

第二に、北王国に対する言及が全くないことも、ヨエル書が後期に書かれたとする決定的根拠にすることはできません。ヨエル以外の初期の預言者たちは、南北王国の再統一を期待していたかもしれませんが、ヨエルほど、悪女アタリヤの残忍かつ過酷な圧制を身近にまざまざと経験した者はいなかったのです。ですから、ヨエルがそのようなアタリヤが支配する北王国について、ほとんど言及しなかったのも当然でしょう。

第三に、国家的偶像礼拝に対する叱責がないことが、捕囚後の後期にヨエル書が書かれた証拠にはなりません。なぜなら、捕囚から帰還した後の時代にも、エズラ、ネへミヤ、マラキは、多くの政治的罪と宗教的罪を叱責しているからです。もし、ヨエル書の執筆年代を捕囚後の後期とするなら、その時代の多くの国家的罪をどのように扱って、国家的罪のなかった時代に書き換えるのか、新しい困難な問題が持ち上がることになります。

エスタレーとロビンソンは、ヨエル書1章9節、1章13節、2章14節に「穀物のささげ物(素祭)と注ぎのぶどう酒(潅祭)」について、三度も述べられているのは、ヨエル書が捕囚期後に書かれた決定的証拠であると言っています。なぜなら、これらはタミド(tamid),すなわち、「継続的」供え物であるからと言うのです。挿囚から帰って来たユダヤ人たちがこれらの供え物を継続的にささげるようになっていたからだ、という根拠です。しかし、素祭と潅祭についての記述は、年代を決定する証拠に使うことは出来ません。ただし、ヨエル書の素祭と潅祭についての記事を、否定的批評学者たちが、出エジプト記29章38~42節と民数記28章3~8節に基づていることを受け入れるなら、この記事は年代決定に使用することが出来ます。そのときのヨエル書の執筆年代は、捕囚期前の早期になってしまいます。

第四に、ヨエル書が異教国家に対して、偏狭で、排他的で、頑迷な、ユダヤ民族主義をとっていることは、捕囚後の後代に生じたユダヤ人の国家主義の特徴であるとする主張は、決定的な根拠にはなりません。ユダヤ人の異教からの独立主義は、モーセの時代から主張されており、神に仕える者たちの間で、そのことが変わったことはありません。ただ、初期の預言者の中には、ホセアのように愛国心に燃え、国民が主に立ち返ることだけを熱烈に語り、異教国家からの独自性をあまり強調しなかった者もあり、またアモスは、異教徒については、彼らの最後の滅亡についてしか語っていない者もいます。捕囚後の後期の預言者たちは、ユダヤ人を捕囚の国から救い出された、残れる民と見ており、帰還後のユダヤ人には、これから将来に向かって神政国家を再建しようとしているユダヤ人の国家的熱意を感じ取ることが出来ます。

第五に、祭司の優位性や、神殿礼拝において、いけにえをささげることに非常な熱意を示している、この儀式的傾向は、捕囚から帰還した彼の時代の特徴であると主張されていますが、この熱意は、捕囚から帰還した後の時代にだけ表わされたものではありません。信仰が死んでしまっていた状態から、いのちに満ちた信仰に生き返った時、いつでも、何度でも、起きてきた現象です。リバイバルは信仰を回復する時、いつでも起きるのです。それは、ユダの善王が現われて宗教改革を行なった時、いつでも起きたのです。

結論として、ヨエルの預言の時代は、捕囚期前の早期年代説を支持している理由が、十分にあるということが出来ます。これに対して、捕囚期後の後期年代説を主張する人は、どんなに感銘を与える議論を持ち出しても、歴史的事実を後期年代説に合わせるために、問題を解決するよりも、もっと難しい問題を作り出してしまうのです。

記者ヨエル(ペンテコステの預言者と呼ばれています。)

1、預言者ヨエルについては、1章1節の「ペトエルの子」という以外に、何も知らされていません。その「ペトエル」とは、だれか。どこの住民かも分かりません。ただ、本書の内的証拠によれば、彼がユダ族の出身であったことは確かのようです。しかしヨエルは、自分の預言が、神の権威から出ていることを示すために、「ペトエルの子ヨエルにあった主のことば」とだけ言ったのです。ヨエルの名を名乗った最初の聖書中の人物は、サムエルの長子でした(サムエル記第一、8:2)。その意味は「ヤーウェは私の神」です。この他にも、ヨエルの名は、ユダの人々の中で好んで使われています(歴代誌第一、6:36、7:3、11:38、15:7、27:20)。

2、ヨエルが預言した時代は、ユダの民が厳しい捕囚の刑罰を受けるほどには、まだ徹底して堕落していなかった時代でした。それ故、彼はヨアシェの治世の初めか、ヨアシュ治世とウジヤの治世の中間時代に、ユダにおいて預言したと思われます(列王記第二、11:17、18、12:2~16、歴代誌第二、24:4~14)。彼はユダの人で、エルサレムの住人でしたが、1章13、14節、2章17節で、祭司たちに命じていますから、彼自身は祭司ではなかったでしょう。多分、彼は、預言を著作物として書き記した最も初代の人だったと思われます。彼は、若い頃に、エリヤとエリシヤを親しく知っていたでしょう。エルサレムのことが多く記されているのは、ヨエルがエルサレムの歴史と礼拝に関する知識を多く持っていたことと、彼自身、エルサレムに大きな愛情を抱いていたことを表わしています(1:14、2:1、15、32、3:1、6、16、17、20、21)。

おそらく、ヨエルは、ホセアとアモスと同時代の預言者で、ホセアとアモスが北王国イスラエルに対して預言し、ヨエルは南王国ユダに対して預言しました。その時代は、よこしまな王アハブとイゼベルの夫婦の娘で、悪女アタリヤの邪悪な偶像礼拝に満ちた支配が終りかけていた頃で(列王記第二、11章)、祭司エホヤダの指導のもとに、宗教的覚醒が起こりかけていた頃です(歴代誌第二、23:16~21、24:14)。

(参考 文書に記している預言者たちの系列)

捕囚期前の預言者
南王国(ユダ) ヨエル、イザヤ、ナホム、ゼパニヤ、ハバクク、エレミヤ
北王国(イスラエル) ヨナ、アモス、ホセア、ミカ
捕囚期中の預言者 エゼキエル、オバデヤ、ダニエル
捕囚期後(回復期) ハガイ、ゼカリヤ、マラキ

3、ヨエルは、すべての信者に聖霊が注がれることを預言した、最初の人で、ペンテコステの預言者と呼ばれています。

ヨエルは、ペンテコステの二つの面を語っています。

一つは、聖霊が信じるすべての人の上に注がれて、祝福が伴うということ。

もう一つは、信じない人にとっては、恐怖と災いを持って、この世の終わりを迎えるということです。

現代の私たちは、聖霊の注がれている恵みの時代に生きていますが、その最後の日は、近づきつつあります。現代の核兵器や科学的兵器による戦争は、その最後の日の災いを予告しているようです。また、神を無視する邪悪な人々の行動は、その日を早めるような予兆を示しています。主の民に対しては、「これらのことが起こり始めたなら、からだをまっすぐにし、頭を上に上げなさい。贖いが近づいたのです。」(ルカ21:28)と言われています。

ホセアは70年以上にもわたる長期間、預言をしましたが、ヨエルは短期間ですべての預言の働きを終えたと思われます。彼の預言は、その当時のことから、世の終わりのことにまで及んでいます。

執筆事情

当時、旱魃といなごの災害とによる、極めて厳しい主の刑罰が下り、国土のすべてが文字通り裸にされ、荒廃してしまいました。その結果、「穀物のささげ物と注ぎのぶどう酒」を神殿にささげられないほど(1:9、13)、食糧難が襲っていました。

これは、やがて迫り来る大きな審判、すなわち、全国土を荒らして裸にしたいなごの来襲のように、恐ろしい滅亡をもたらす敵の侵略のことを預言していることを、だれしも認めざるを得ないのです。モーセ(申命記28:38,39)とソロモン(列王記第一、8:37)は、神がいなごを刑罰の道具として使われることを言っています。そして、ヨエルは、このいなごの侵入が、神の怒りと審判を表わしていることを宣言するために、エルサレムで預言したのです。しかし、この事に記されている限りでは、ユダの民は、これを認めなかったのです。

ヨエルの使命は、この災害が下ったのは、ユダの民の霊的生活が堕落して、主を悲しませ、怒らせる状態にあることを指摘し、主に立ち返るための唯一の道として、国民の悔い改めと厳粛な断食を促すことでした(2:12、13)。

また、祭司たちには、自ら良い模範をもって、民に教えるように勧告しています(2:15~17)。

さらに、彼は、主の恵みと国土の繁栄の回復によって、国民が主を知るようになること(2:18~27)を預言しています。

その後、彼は聖霊の傾注について、預言しています(2:28~32)。このことについて、ペテロはペンテコステの日に、「これは、預言者ヨエルによって語られた事です。」(使徒2:16)と言っています。

最後に、ヨエルは、主がさばきの座に着かれ、主と主の民に敵対する者たちのすべてが、主の復讐の刑罰を受けて、最後には滅亡することを宣言しています(3章)。

ヨエルの預言のメッセージ

ヨエルの語っているいなごの来襲が、当時、国民を苦しめていた現実のいなごの災害を言っているのか、それとも、将来、来るであろう厳しい災害(近隣諸国が侵略して来ること)を言っているのであろうかと、考える人もいます。また、このいなごは、「終末における神の審判」を指していて、歴史的現実のいなごではないのではないかという疑問を抱く者もいます。もし、全く歴史的現実の意味を持たないものであれば、ヨエルの預言は、すべて観念的、神秘的、黙示的なものであると受け留められてしまう恐れがあります。

しかし、素直な気持ちで、ヨエル書1章を読むなら、だれでもそこには明確に歴史的事実が書かれてあることが分かります。そこに書かれてあることは、あまりにも現実的に生き生きとしており、神秘的なことでもなく、黙示的なことでもなく、当時、起きていた事実を書いたことは、否定できません。たとえば、1章16節では、ヨエル自身が聴衆たちと
一緒に「食物が断たれた」経験をしていたことを記しています。

しかし、この事の表現は、ただの自然の災害と限定してしまうには、あまりにも厳しく、恐ろしい表現です。ヨエルは、このいなごの襲撃の恐ろしさをもって、ユダに対する主の怒りの刑罰が下ることを描いているに違いありません。ヨエルは、現実のいなごが来襲していた時、敵の侵略が近づいていたことを知っていたのです。いなごはすでに来襲していた。そして敵の侵略はまさに来襲しようとしていたのです。

その上に、さらに、ヨエルは、あらゆる自然的災害よりも厳しい、「主の日」の審判について宣告しているのです。それ故、本書は、一部は歴史的であり、また一部は預言的なのです。そしてその預言的、黙示的な部分もやがて事実となるのです。

ヨエルのメッセージは、イスラエルと当時の諸国民に関するだけでなく、いつの時代の、どの国民においても、主を畏れる国民と主を畏れない国民との問に置かれているルールを語っています。それは主の啓示された真理に従う者に対する主の恵みと、逆らう者に対する神の最後的審判です。主の真理と主の義だけが、勝利を収めるのです。これに逆らう者は、究極的な滅びに向かって、すなわち、最後の審判の日に向かって、毎日近づいているのです。

主は、遠くの、どこにいるかも分からないようなお方ではなく、また、かすみのように漂っておられるお方でもありません。ヨエルは、自分自身の神を明確に経験し、自分自身の神のヴィジョンをはっきりと捕えています。彼は主を自分にとっても、ユダの歴史的事実の中にも、さらにユダの民の運命にとっても、すべての人の最後的運命にとっても、明らかに現実に捕えています。ヨエル書には、そのような表現が多く見られます。

ヨエルの神は、現実の神です。この神は、自然の中にも働かれ、超自然の中にも働かれます。主は、勝利や審判を行なわれる時の最高の権威者であられ、最高の軍事的指導者です。この神の性質は聖であり、ご自分の民にもご自分と同じ聖を要求されます。この神は変わることのない愛と義の法則を啓示されたお方であり、その法則の執行者でもあり、主を信じて、従う者には、豊かな報いを、逆らう者には刑罰を下されます。しかし、この神は、怒るのに遅く、あわれみ深く、逆らっている者に対しても、愛とあわれみをもって主に立ち返り、悔い改めることを激励なさる神です。それ故、人には、主に心から従うか、従わないかを、選択する権利が与えられていますが、自分で選んだ結果を選択する権利は与えられていません。逆らっていた者が悔い改めて、主に立ち返るなら、主は彼に審判を下すことを止められ、豊かなあわれみを与えられます。しかし、悔い改めず、頑なに逆らい続けるなら、義なる神はその人に審判を下されるのです。主は人間に対する(すべての被造物に対する)最後の決定権を持っておられるのです。神の義は常に保っておられ、義なる審判者であられるとともに、主は永遠に愛とあわれみに満ちておられる恵みの神でもあられるのです。

以下に、ヨエルが記している神について記しておきましょう。

語られる神、命じられる神(1:1、3:8)
啓示される神(1:2~7)
所有される神-祭司を所有(1:9)、主の宮を所有(1:13、14)、ご自身の民を所有(1:3、2:17)、勇士を所有(3:11)
滅び、さばき、報いの神(1:15、2:11、3:19)
声を出される神(2:11、3:16)
聖なる山に住まれる神(聖なる神)(3:17)
ねたむほど愛され、あわれまれる神(2:18)
大いなることをなされる神(力ある神)(2:21)
人が叫び求めることができる神(1:14、19)             オ
主に立ち返ることを訴え求められる神(2:12)
情け深く、あわれみ深い神(2:13、18)
怒るのに遅い神(2:13)
恵み豊かな神(2:13)
民に答えられる神(2:19)
豊かな祝福を施される神(2:19、23、24、3:17~21)
民に喜びを与えられる神(2:21、23)
御名をほめたたえられるべき神(2:26)
イスラエルの真ん中に臨在される神(いと近き神)(2:27)
神の御霊を注がれる神(2:28、29)
主の御名を呼ぶ者を救われる神(2:32)
仰せられ、約束される神(2:32)
民の避け所、とりでとなってくださる神(守る神、保護者なる神)(3:16)
ユダとエルサレムを回復される神(3:20)
血の復讐をされる神(七十人訳聖書による)、へプル語聖書では、「血の罪を赦される神」(3:21).

目的

ヨエル書の目的は、ユダの民が砕かれて、謙遜になり、主に対する背きを悔い改めて、主に立ち返るように強く勧告し、来るべき厳しい主の審判が確かであることを、国民に警告することにありました。

いなごの害は、ユダの民が主に反逆しているために起きたことを示し、いなごの来襲は、その後、さらに恐るべき主の審判が来ることの警告でしかないことを教えているのです。

また、ヨエルは、ユダの国民に、来るべき救いの約束と、彼らがもし、主に従わなかったら、彼らも滅び、神に敵対する者たちも滅亡することを自覚させて、彼らが常に、主の約束に忠信であることを求めたのです。

特徴

鍵の句 「主の日」(1:15、2:1、11、31、3:14)は、ヨエル書に五度用いられています。これは、本書の鍵のことばです。

「主の日」は、旧約聖書中にしばしば現われています。これは、主が地上における審判を遂行されることに関するものと思われます。この審判は、現在の、今の時代の神の審判も含まれていますが、完全な意味においては、終末の日、すなわち、大いなる日の審判を指しています。その終末における「主の日」は、教会が天に移されことで始まります。この日は、主イエス様が再臨され、再び、直接、この地上の政治の実質をさばき、支配される日で、千年間続きます。

新約聖書では、「主の日」について、ほとんど終末的な、決定的な意味で用いられていますが、ヨエルの預言した主の審判は、

1、いなごの災害において、部分的に成就しています。
ヨエルは、国民的な災いとして、いなごが国を荒廃させてしまう災害を絵画的に描いていますが、これらのいなごが北方からやって来て、イスラエルを荒廃させるという不吉な前兆は、エレミヤも(エレミヤ書1:14)、エゼキエルも(エゼキエル事38:15、89:2)語っています。それは預言者たちによって、注目されていた事柄なのです。

ヨエルにとっては、このいなごの災害は、主の日を予表するものだったのです。いなごの来襲が徹底的なものであって、抵抗できないものであることは、ヨエルにとっては、神の審判のみわざが、神の正義に基づく完全にして、抵抗できないように執行されることと映ったのです。ヨエルは、いなごの災害の中に、人間の弱さや罪深さと、神の憐れみと全能の顕示を見たのです。

2、また、紀元70年のエルサレム崩壊とユダヤ民族の離散において、さらに多く成就しました。

3、しかし、ヨエル書3章2、14~16節を見ると、確かにヨエルはここで、終末の日の「主の日」を見ています。ヨエルは、いなごの災害の中に主の日を見ており、敵の軍隊によって国が荒廃させられることの中に主の日を見ており、真実な信仰者が報いられ、悪い者が滅びることの宣告の中に将来の主の日を見ています。ヨエルより三世紀後に預言したゼカリヤは、「主の日」に主の再臨があり、エルサレムに敵の軍勢が集まり、そこで恐ろしい審判が不敬虔な民に下されると宣言しています(ゼカリヤ書14:12~19)。

ヨエルとゼカリヤは、同じことを指摘しています。

ヨエル書3章とゼカリヤ書14章を対照すれば、
両者共に、終末の時の「主の日」を語っています。
両者共に、エルサレムに攻めて来る敵の軍勢と、敵の包囲による惨事を宣言しています。
両者共に、主の再臨と、主の民の受難に対して、主が救いを施されることを語っています。
両者共に、敵軍の滅亡を語っています。
両者共に、最後の平和と繁栄と祝福を語っています。

ヨエルによって語られた主の日は、イスラエルという地方を舞台にして描かれていますが、これはすべての人類を含んでおり、この世の時代の終わりの時に、すべての人に臨む最後の究極的な審判を指しているのです。

ヨエルは、罪人が、どのようにして神を見出すことができるか、そして、神を見出した時、何が起きるかを、記しています。

その唯一の道は、主なる神を叫び求めること、呼び求めることです(1:14、19)。どのように求めるのか、と言うと、「心を尽くし、断食と、涙と、嘆きとをもって、わたしに立ち返れ。」(2:12)「あなたがたの心を引き裂け。あなたがたの神、主に立ち返れ。」(2:13)です。

このように祈る者に対して、主は「情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵み豊かで、わざわいを思い直してくださるからだ。主が思い直して、あわれみ、そのあとに祝福を残し」(2:13後半~14前半)てくださる神です。

その結果、その人は主から、祝福を受け、満足し、敵からの保護を受け(2:19、20)、
主が大いなることをしてくださり(2:21)、
初めの雨(秋の雨)と後の雨(春の雨)を降らせてくださり(2:23)、
豊かな実りを与えられ(2:22、24)、
国は回復し(2:25)、
その豊かな満足のゆえに、主の御名をほめたたえ、主の民は永遠に恥を見ることがなくなります(2:26)。
主の臨在を知り、主以外に神はないことを知るようになります(2:27)。

これらはすべて、従順な心をもって、恵み深い主に祈った結果、与えられるのです。

使命

ヨエルは、心からの悔い改めが、すべてリバイバルの基礎に置かれていることを認識し、悔い改めの心を起こさせるために働きました。砕かれ、引き裂かれた心には、引き裂かれた幕(マタイ27:51 主イエスの十字架)と天(神の権威)の恵みが与えられます。主に近づく道と、ペンテコステの恵み(聖霊のバプテスマ)とは、真実に悔い改めた者に与えられます。

特に、目立つ三つの点

1、いなごの被害についての重大な記事
2、すべての信者に、御霊が注がれるという最初の知らせ(2:28、29)
3、預言の範囲が、著しく広く、ヨエルの時代から終末にまで及んでいること

今日のための教訓

本書全体は、今の時代のために重要な教訓を与えています。

1、今日のキリスト教会の霊的に荒れ果てている状態は、1章4節の 「かみつくいなごが残した物は、いなごが食い、いなごが残した物は、ばったが食い、ばったが残した物は、食い荒らすいなごが食った。」を再現しています。教会は、多くの霊的いなごに食い荒らされています。

2、いたるところに霊の飢饉と旱魃があります(1:16、20)
「私たちの目の前で食物が断たれたではないか。私たちの神の宮から喜びも楽しみも消えうせたではないか。」(1:16)
「野の獣も、あなたをあえぎ求めています。水の流れが枯れ、火が荒野の牧草地を焼き尽くしたからです。」(1:20)

3、神は、今日の教会が2章12~13節のように塵灰の中に、ひれ伏して、み前にへりく
だって、誠意を尽くして悔い改めることを命じておられます。
「『しかし、今、-主の御告げ。- 心をつくし、断食と、涙と、嘆きとをもって、わたしに立ち返れ。』あなたがたの着物ではなく、あなたがたの心を引き裂け。あなたがたの神、主に立ち返れ。主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵み豊かで、わざわいを思い直してくださるからだ。」(2:12、13)

この悔い改めは、主に仕える祭司たち(教会時代では、監督、牧師、長老たち)から始めるべきです。

「主に仕える祭司たちは、神殿の玄関の問と祭壇との間で、泣いて言え。『主よ。あなたの民をあわれんでください。あなたのゆずりの地を、諸国の民のそしりとしたり、物笑いの種としたりしないでください。国々の民の問に、『彼らの神はどこにいるのか。』と言わせておいてよいのでしょうか。』」(2:17)

しかし、神のみわざは意外な者から始まるかもしれません。リバイバルの時には、しばしば意外なことが起こったのです。心から神に立ち返るなら、主は必ず、その約束を成就し、豊かに聖霊を注ぎ、「わたしがあなたがたの間に送った大軍勢が食い尽くした年々をわたしはあなたがたに償おう。」(2:25)との約束を成就されるのです。

4、3章は、審判の章ですが、もし、教会が聖霊に満たされて準備し、暗黒の軍勢を撃退する主の戦いに参加する用意と、霊魂の大収穫をする備えをなし終えた時、無数の民が救いの決心の谷に引き入れられるのです。

「さばきの谷には、群集また群集。主の日がさばきの谷に近づくからだ。」(3:14)

ヨエル書の構成と繰り返されている(似ている意味の)重要な語と、その象徴

各章に入ります前に、本書を包括的に理解しておきましょう。そのために本書に繰り返し記されている重要な言葉を探し出し、各部分の特徴を表わす包括的な語を選び出し、それを象徴しているものを見出すと、本書は理解しやすくなります。

第一区分(1:1~2:11)
重要なことば 泣き悲しめ、泣きわめけ、断たれた、荒らされる、喪に服する、焼き尽くす、わななけ、もだえ苦しみ、青ざめる。
包括的な意味 荒廃(救われる前の人の心と生活の状態)
象徴 いなご(1:4)

第二区分(2:12~17)
重要なことば 泣く、断食、心を裂く、きよめの集会、主に立ち返る。
包括的な意味 主に立ち返る(悔い改めた罪人の心))
象徴 砕かれた心(2:13)

第三区分(2:18~32)
重要なことば 豊か、楽しみ喜ぶ、満足する、恐れるな、あふれる、救われる、注ぐ。
包括的な意味 祝福(聖霊に満たされた人の心と生活)
象徴 聖霊の注ぎ(2:28)

第四区分(3:1~16前半)
重要なことば さばく、報復、剣、槍、勇士、震える。
包括的な意味 報いる(救われた霊魂の収穫)
象徴 鎌(3:13)

第五区分(3:16後半~21)
重要なことば 避け所、とりで、甘いぶどう酒、乳、泉、聖なる山、聖地、水、住む。
包括的な意味 回復(主に祝され、用いられている心の状態)
象徴 泉(3:18)

本書を解く、もうひとつの鍵の言葉は、「角笛(ラッパ)」(2:1、15)です。
1章は、警告の角笛
2章は、約束の角笛
3章は、祝福の角笛

分解

1、1章~2章27節 現在のこと
2章28節~3章 未来のこと

2、1章~2章27節 いなごの災害
1:1 序言(記者ヨエルと主のことば)
1:2~20 いなごの災害とその第一義的意味(国土の被害の宣告)
2:1~27 いなごの災害とさらに深い意味(多くの恵み深い約束によって励まされ
た悔い改めの勧告)
2章28節~3章31節 主の祝福と審判
2:28~32 聖霊時代
3:主の日(すべての国民の審判とメシヤの時代に受けるべき平和と繁栄の預言)

3、1章1節 この預言書の序
1章2節~2章17節 歴史上の事実-ユダに対するさばき
1:2~2:11警告(いなごの害による国土の荒廃)
1:2~4 いなごと、ばったによる荒廃
1:5~7 いなごが象徴する一つの国民による荒廃
1:8~12 畑と土地の荒廃
1:13~14 祭司たちの荒廃
1:15~20 旱魃による荒廃
2:1~3 敵国の襲撃による兼廃
2:4~11 主が敵軍を用いることによる荒廃
2:12~17 主の民への訴え(悔い改めによって荒廃はとめられる)
2:12~14 個人的に心を引き裂いて主に立ち返ること
2:15~17 きよめの集会で祭司の執り成しによって国民的に主に立ち返ること
2章18節~3章21節 預言―ユダに対する祝福
2:18~32 約束(恵み豊かな神の介入)
2:18~20 神のあわれみと民の祈りに対するお答え
2:21~27 神による回復
2:28~32 神の将来の約束(末の日の出来事)
2:28~29 聖霊の時代
2:30~32 主の大いなる恐るべき日の前の主の名を呼ぶ者の救い
3:1~21 神のすべての敵の究極的滅亡
3:1~17 神の報復
3:1~8 ユダを捕囚から帰らせることによって
3:9~13 諸国の戦士を集め、聖戦を行われることによって
3:14~17 神のさばきと保護によって、民とエルサレムを聖別されることによって
3:18~21 エジプト、エドムの荒廃と、ユダとエルサレムの回復

以下、各章の詳細説明

以上、16ページ分の抜粋

写真は、フランスの画家James Tissot(1836 – 1902)が1888年に描いた「The Prophet Joel(預言者ヨエル)」

このプリント・シリーズは、原稿をA4用紙に印刷したもので、本にはなっていません。

「ヨエル書(A4 38枚)」の価格は760円+送料です。購入ご希望の方は、下記にお問い合わせください。

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