プリント紹介 「アモス書」 A4 84枚

目次

Ⅰ、記者(預言者アモス)
Ⅱ、背景的時期と事情
Ⅲ、イスラエルの商業的繁栄と宗教的堕落
Ⅳ、目的
Ⅴ、アモス書の構造
Ⅵ、使命
Ⅶ、預言者アモスのメッセージ
Ⅷ、分解
Ⅸ、各章の詳細解説

以下、一部抜粋

アモス書

本書は、預言者アモス(Amos)の名が、付けられています。預言者イザヤの父アモツ(Amotz)と混同しないようにしなければなりません。

記者(預言者アモス)

この全預言の記者は、アモス自身です。アモスはベツレヘムの東南10キロメートル(エルサレムからは南に約19キロメートル)の所にある小さな村、ユダに属するテコア(歴代誌第二20:20)の出身です。

彼は、イザヤのような王宮での預言者でもなく、エレミヤのような祭司でもなく、一介の羊飼いであり、いちじく桑の木を栽培している人でした(7:14)。

アモスは、親譲りの預言者ではなく、預言者の学校で訓練を受けたのでもなく、大教師の足下で学んだのでもありません。彼は牧者(ヘブル語のノクエディム noqedimで、羊の飼育者のこと、1:1)であり、羊の群れを追っている時(7:15)に神に召されました。普段の普通の仕事をしている人が、突然、主に召されて、主の特別な御用に当ったのです。

彼は、彼を召された神の油注ぎと力が与えられることによって、大胆に(7:16、17)、恐れ知らずに(3:1~8)、率直に(1章~2:8)預言する者となりました。しかし彼は、心のへりくだった人で(7:14)、主に従順で(7:15)、民の幸せを願う心を持ち(5:14、15)、民のために主に執り成す信仰(7:1~6)を持っていました。

アモスは、テコアの高地の荒野で辛酸をなめ、危険に出会う牧畜をしながら、預言者としての訓練を受けました。それは主の御手による直接の訓練でした。それ故、アモスの文章は、山奥の自分の住居に関する事柄などから引用した比喩に富んでいます。彼は、山や疾風、夜明けの輝き、夜の暗黒などによって、創造主の全能の力を知ったのです。

彼は、ダビデと同じように、羊を獅子や熊から守りましたが、そのように自分たちが神に守られていることを学んだのです。

3章12節は、そういう彼の経験から出たものであり、3章5節の「鳥網」や5章19節の石壁の間に蛇が隠れているようなことは、彼が日常、見聞きしていたものでした。彼は、
「いちじく桑の木を栽培して」いました(7:14)が、桑の実は、貧しい者が食べる果実でした。アモスは他に多くの比喩をもって語っています。それらはみな、彼が幼い頃から見聞きし、観察してきたものばかりです。このように、彼が頻繁に使っている直喩から、彼が羊飼いの生活で、苦難と危険をつぶさに、身をもって経験していたことが分かります。

彼の生計は困難であり、ぜいたくは許されるはずもなく、一方、羊の毛や農産物を売るために、町や大きな市場に交易に出かけなければなりませんでした。そこで、彼は諸国の商人たちと出会い、他の地方の人々の状況や動静に耳を傾け、他国の勢力の推移や他国人のことについて、驚くほどの知識を蓄えていたのです。アモス書の最初の数章の記録は、彼が近隣諸国の歴史や、起源や、動向について多くの知識を持っていたことを示しています。このような経験を通して、イスラエルの国の状態を観察し、神と貧しい者のために戦う、真剣な勇気ある預言者に育っていたのです。

北王国イスラエル王ヤロブアムー世の時、一人の神の人が主のことばによって、ユダからべテルに来て(列王記第一13:1)、香をたくために祭壇のそばに立っていたヤロブアム王一世に、面と向かって抗議し、彼は、その後、ダビデの家に生まれる王ヨシヤによって、この祭壇の上で、「高い所で偶像に香をたいていた祭司たち」をいけにえとしてささげ、人の骨が焼かれることを預言しました。それから約143~162年経って北王国の王ヨアシェの子ヤロブアムニ世がイスラエルの王であった時、もう一人の神の人がユダから来て、べテルでイスラエルの民の罪を責め、サマリヤの陥落を預言しました(アモス書7:10~13)。これがアモスです。

神は、身分の低い羊飼いの生涯からアモスを召して、神の口として彼を、反逆と偶像礼拝の民のところに遣わしたのです。彼は、試みられ、しいたげられ、倒されながらも、なお勇敢に、率直に、その使命を果すために、働いたのです。神は、祭司や教役者たちが怠惰や、高慢、反逆によって、その証しに失格した時には、伝統的に聖職を受け継いでいる者以外の者を引き上げて召され、彼を聖霊で満たし、その使命のために派遣されるのです。

1、アモスの性格

①洞察力 ― 人間を見る目、国際政治の真相を見る目
②深い信仰心の持ち主
③義憤 ― 不道徳、不公正、不真実に対する怒り
④勇敢な態度
⑤貧しい者の擁護者

2、アモスが説教した民

彼らは、裕福な民で、自尊心が強く、災害など降りかからないと信じていました。富む者は、貧しい者を圧迫し、法廷では、正義が欠けていました。アモスは、勇気をもって、これらの悪を責め、国民が主に立ち返るように訴えたのです。

3、アモスは、紀元前810~785年に働いたと考えられます。1章1節から、彼はホセアやヨナやイザヤと同時代の人で、ヤロブアムニ世の治世に働きました。彼は南王国ユダの生まれですが、北王国のイスラエルに住み、イスラエルの民に預言しました。

4、模範的な働き人

① アモスの謙遜
アモスは、生計を立てるために、農夫から預言者に転向したのではありません。彼は預言者として活動するために一時、農夫の仕事を離れたことがあったかもしれませんが、彼は農夫の仕事を続けています。彼は、自分の貧しい家の生まれや、過去の生涯や、身分の低い羊飼いの職業に関する、ありのままの事実を隠そうとはしませんでした。彼は、自分がいやしい身分に生まれたことと、その職業を知られることを恥としなかったのです。彼は、気取るということが、全くなかったのです。彼は、預言者の列にまで上げられても、高ぶらなかったのです。

② アモスの勤勉
彼は、職業を持ちつつ預言者の働きをしたので、その職業のために、忙しい生活を送らなければならなかったのです。けれども、彼は、その時を神と交わりながら過ごし、また、自然界をじっくり観察しながら過ごしています。アモス書の中で、所々に見られる例は、すべて彼の日常生活の中から引用したものであって、彼の観察力の鋭さと知性が独創性に富んでいたことを示しています。

③ アモスの知恵
彼は、人々が理解できないような説教はせず、だれもが分かることばで話しました。

④ アモスの機敏
彼はまず、イスラエル人の敵を譴責することによって、人々の注意を引きました。

⑤ アモスの誠実
彼は、人々の耳を喜ばせる話ではなく、誠実に人々を取り扱い、彼らの良心のために、まっすぐな道を示しました。

⑥ アモスの不動・堅固さ
彼は、神から与えられた使命の働きから、離れることを拒絶しました(7:10~17)。彼は、自分の神、主から目を離さなかったのです。

⑦ アモスの使命
彼は、「主がこのように言われる。」という神からの直接のメッセージを持っていました。しかも、それは、時機にかない、神を捨てた時代に適したものでした。
アモスは、預言者の家に生まれたのでもなく、預言者学校で訓練を受けたのでもなく、エリヤのように、突然、日常の農夫の任事の中から神に召し出され、預言者としての気高い使命を受けたのです。ちょうどモーセがミデヤンの荒野で羊飼いの仕事をしていた時に主に召し出されたように、アモスも自分がモーセと同じように神に召し出されたという事実に対して、一点の疑いもはさまず、また他の人々も、アモスが神に召された預言者であることを疑うことはなかったのです。それほどにアモスの使命感は彼の心にみなぎっていたのです。彼の心には、神の火が燃えさかっており、新約のパウロのように、「もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。」(コリント第一9:16)という心を持っていました。旧約の預言者エレミヤも「主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて、燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません。」(エレミヤ書20:9)と言っています。
アモスは、神がエジプトの奴隷の状態から救い出されたイスラエルの民が、再び堕落している、その腐敗と、罪と、恥辱を見て、黙って沈黙を守っていることができなくなったのです。彼は、それまでテコアの村で、長くひとりで羊飼いの生活をしていた中から、神に呼び出され、北王国の反逆の民に、神の正義と審判のメッセージを伝えるように命じられたのです。これは、アモス自身が選び取った道ではなく、神が歩くように命じられた道だったのです。

⑧ アモスの成功
彼は、べテルの祭司アマツヤがねたんで、反抗するほどに、驚くべき成功によって、祝福されました(7:10)。彼は、その勢力を全土に振るったのです。

1935年、ヴォルフェによって、本書に、後代の編纂者または、記者自身(アモス)による註釈や加筆があるとの説が、試みとして語られました。

ファイファーは、これらの註釈者を、紀元前500年~200年の間に活動したエルサレム
出身のユダヤ人であったと考えています。ファイファーは、本書には、数多くの註釈があり、その最も重要なものが頌栄と、9章11~15節のメシヤ的約束であると考えています。

アイスフェルトもまた、本書に多くの加筆があると信じています。彼は、個々の節や句は別にして、三つの重要な加筆の型を考えています。

① アモスの諸国に対する威嚇的宣言の挿入
1:2~2:3
2:4、5
② 頌栄
4:13
5:8、9
9:5、6
③ メシヤ的約束
9:11~15

これらの加筆は、一般的に、神学的理由のためになされたのであるとみなされています。これらを加筆であるとするのは、仮定ですが、それはイスラエルの宗教的発展という特殊な理論の上に立って、考えられています。

しかし、アモスの名を付けている本書の、いかなる部分にも、アモスの筆でないとする客観的論拠は、何もありません。

背景的時期と事件

1、地震

アモスは、彼の預言の冒頭において、預言者ヨエルの言葉(ヨエル書3:16)を用いて、「主はシオンから叫び、エルサレムから声を出される。」(2節)と言いました。アモスは、1章1節で、自分が神からみことばを啓示されたのは、「ヨアシェの子ヤロブアムの時代、地震の二年前」であったと言っています。この地震は、ヨエルが3章16節で、「天も地も震える。」と言った時の地震と同じもので、非常に激しい地震でした。なぜなら、その後、約300年を経て、バビロンにおける捕囚の時代が終わってからも、民は、この大地震のことを記憶していて、ゼカリヤは、このことについて記しているからです(ゼカリヤ書14:5)。

この「地震」という語のへブル語(Ra‘ash)は、「倒壊」という意味です。アモスは、来るべき災害について、いろいろな預言をしましたが、その中で、実際に将来、起きる地震のことを預言しています。アモス自身が、それを地震のことと考えていたか、どうかは分かりませんが、彼は二度までも、語っています。

「このために地は震えないだろうか。地に住むすべての者は泣き悲しまないだろうか。地のすべてのものはナイル川のようにわき上がり、エジプト川のように、みなぎっては、また沈まないだろうか。」(8:8)

「万軍の神、主が、地に触れると、それは溶け、そこに住むすべての者は泣き悲しみ、地のすべてのものはナイル川のようにわき上がり、エジプト川のように沈む。」(9:5)
これは、最も恐ろしい種類の地震を指しています。

彼は、1章と2章の中で、七度も「わたしは・・・火を送り、・・・宮殿を焼き尽くす。」と言っています。もし、これが大地震が及んだ範囲を言ったものであるとすれば、地中海沿岸では、ツロからガザ、アモン人のラバにまで及んだものと思われます(1:7、10、14)。今も、ヨルダン川の底の下層には、地震帯が通っていて、この地下に潜んでいる勢力は、創造主なる神のご命令を待って、いつでも活動する用意を整えているのです。

大地震の時には、大火事があるのは普通です。アモス書には、地震とともに、至る所に火があるので、本書の預言を理解する助けになります。

「海の水を呼んで、それを地の面に注ぐ方」(5:8)これは、海底地震による津波を指しています。

「一つの家に十人残っても、その者たちも死ぬ。」(6:9)

「まことに、見よ、主は命じる。大きな家を打ち砕き、小さな家を粉々にせよ。」(6:11)

「このために地は震えないだろうか。」(8:8)

「柱頭を打って、敷居が震えるようにせよ。」(9:1)

「万軍の神、主が、地に触れると、それは溶け、」(9:5)

これらの聖句はみな、地震を示しています。しかし、実際に地震が起きて、この預言が成就したことは、最終的な問題ではありませんでした。なぜなら、それは手始めであって、その奥には、恐るべきアッシリヤの来襲と、イスラエルが敵の手に捕われて行くことが、預言されているからです(5:27、6:14)。

さらに、その奥には、「主の日」が来ることも含まれています。そのために、「イスラエル、あなたはあなたの神に会う備えをせよ。」(4:12)と言われたのです。

2、ヤロブアムニ世の治世について

アモスは、ヨナやホセアと同じヤロブアムニ世の治世に、活躍した預言者です。この時代のイスラエルは、繁栄の頂点に達していました。富む者は、悦楽と濫費に溺れていました。
① 象牙によって飾った宮殿(3:15)
② 切石で建てた家屋(5:11)
③ 避寒用の冬の家(3:15)
④ 避暑用の夏の家(3:15)
⑤ 紋織りのカバーやクッションをつけた象牙の寝台や食事用の長椅子(3:12、6:4)
⑥ 富む者は「十弦の琴の音に合わせて即興の歌を作り、新しい楽器を作り出し、」(6:5)
⑦ 高価な酒を飲み(4:1、5:11))
⑧ 尊い油を身に塗った(6:6)

国民は、外面的には、宗教的でした。べテルとギルガル(最初はダンに聖所がありましたが、後に、ギルガルにも礼拝所を作って、偶像礼拝の中心地になっています。ホセア4:15、9:15、12:11、アモス4:4、5:5)の聖所には、参拝者が群がり、祭りには、手の込んだ儀式が行なわれていました。詩篇が、見かけ上、敬虔な態度をもって歌われ、「主の日」の到来について、多く語られました。しかし、彼らの宗教が真実なものでなかったことは、彼らの生活の不道徳なことが、これを証明していました。不正、泥酔、淫蕩、貧しい者を圧迫すること、宮廷での賄賂、追いはぎ、姦通、殺人など、祭司たちのうちにも、これらを行なう者がいました。偶像礼拝は、公然と、至る所で行なわれていました。

イスラエルの商業的繁栄と宗教的堕落

アモスは、小預言書の中で最も精神力のすぐれた、偉大な預言者ということができます。そうでなければ、大繁栄した国の権力者に対して、不正の交易によって手に入れた繁栄の罪と、堕落した宗教を大胆に譴責することはできなかったでしょう。

その時期の世界の帝国は、まだその力をパレスチナに伸ばすことができなかったのです。エジプトはその頃、それほどの力がなく、国の境界線を越えて侵略することができませんでした。アッシリヤも、その世紀までは、南方にも西方にも征服を始めるのが遅れていました。それに引き換え、分裂したとはいえ、ヘブル国民の王座には、二人の有能な支配者が座っていました。北の十部族を支配する、イスラエルの首都サマリヤには、ヤロブアムニ世がおり、南の二部族を支配するユダの首都エルサレムには、ウジヤがいました。二人ともに、戦いで彼らの周辺の国々を打ち破って国土を拡大し、ダビデとソロモンの時代と同じくらいまでに境界線を広げて、繁栄の絶頂を誇っていたのです。ヤロブアムニ世は北王国をレポ・ハマテからアラバの海(列王記第二14:25、28)にまで拡大して、最強の国にしていたのです。これは、軍事的勝利によってもたらされた経済的繁栄でした。北王国は、戦争の戦利品と一般労働者たちの生産物の増加によって生活水準が、かつてなかったほど豊かになりました。食物、ぜいたくな化粧品、切り石で作った家、象牙で装飾した家具など、すべてのものが豊かでした。しかし、この繁栄は、わずかの支配者の特権階級によって独占され、金持ちの権力者たちは、貧しく弱い者たちを食い物にしていました。持ったことのない富を持った、これらの金持ちの権力者たちは、その富を保ち続けるための何の方策も持っておらず、明日のことも考えずに、ぜいたくに浪費し、ほんのしばらくの間、繁栄を楽しんだだけで崩壊に向かって行ったのです。

アモスは、ユダの王ウジヤとイスラエルの王ヤロブアムニ世の治世に預言していますが、彼が預言の活動をした期間を正確に知ることはできません。

記録的な大地震のことが記されていますが、これによっても、正確な年月を知る助けにはなりません。この地震については、ゼカリヤ書14章5節でも記していますから、おおよ
その推定をすることはできます。

また、8章9節に、「その日には、― 神である主の御告げ。― わたしは真昼に太陽を沈ませ、日盛りに地を暗くし、」と、太陽の皆既日食があったような記録があります。天文学者たちは、この皆既日食は紀元前763年6月15日に起きたと計算しました。

この二つの情報と、ウジヤとヤロブアムニ世の統治期間を考え合わせると、おそらく紀元前760年前後(紀元前765年~750年の間)で、アッシリヤによる北王国の滅亡が目前であった頃であることは間違いありません。その危険がアモスには見え始めていたのです。
因みに、紀元前733年、アッシリヤの王ティグラテ・ビレセル三世(別名プル、列王記第二15:19)の侵略によって北王国イスラエルの捕囚が始まり(列王記第二15:29)、紀元前722年、イスラエルはアッシリヤに対抗しようとしてエジプトの王ソに助けを求めますが、アッシリヤの王はイスラエルの王ホセアの謀反に気が付いて、ホセアを逮捕して、投獄してしまいました。その後、三年間、北王国イスラエルの都のサマリヤは包囲され、イスラエルは完全に捕囚にされて、北王国は滅亡してしまったのです(列王記第二17:4
~6)。

アッシリヤのパレスチナ侵略は、アッシリヤの三代目の王アダド・ニラーリ三世が紀元前803年シリヤ(アラムとも言う)の連合軍を打ち負かしたことに始まります。こうしてイスラエルにとっては、北の隣国が弱体化して危険になっていたのですが、その後、アッシリヤは直ぐに南下せず、他の地方に気を奪われていたので、その間に、イスラエルの王ヨアシとその子ヤロブアムニ世は、弱体化していた北方パレスチナとシリヤを攻めて、先代の王たちが持ったこともない大きな勢力と繁栄を握ったのです。

イスラエルはソロモンの時以来の大繁栄を持ち、さらに新たな地域を侵略して占額する力を得て、特にシリヤ領を侵略し、占領することに熱心になりました。当時の交易通商路は、イスラエルがすべてを支配し、イスラエルの首都サマリヤがメソポタミヤとエジプトの間を交易旅行する商人たちの交流中心地となったのです。東方の各地からやって来るキャラバン(隊商)は、サマリヤに集まったのです。サマリヤはあらゆる種類の商品の市場となったのです。こうしたサマリヤを中心にした激増する商業活動は、イスラエルに莫大な利潤をもたらし、イスラエル人の間に実力のある商人階級が急増して、一般の住民たちにも広範な影響を及ぼしました。

この商業的繁栄によって、イスラエルに「冬の家と夏の家」と「象牙の家」(3:15)といった大規模な建築物を造ったのです。サマリヤには多くの宮殿ができましたが、それは王の所有だけでなく、交易によって富を得た大商人のものもありました。これらの大邸宅には、あらゆる種類のぜいたく品が満ちていました(3:12、6:4)。

イスラエル人、特にサマリヤ人には富を得る機会が多かったので、商人たちは正当な手段に偽りの手段を組み合わせて使って、多くの利潤を得ようとあくせくしていました。彼らは、主の安息日や新月に仕事を休んで、主を礼拝することをもどかしがっています(8:5)。この不信仰な、欲張りな交易を急き立てていたのは、次々にぜいたくな生活を飽くこともなく求め続けていた妻たちでした(4:1)。

ヤロブアムニ世時代の北王国で富に対する渇望が激しくなったことは、商人にも、貧しい農民にも、悲惨な結果をもたらしました。裕福になった商人たちは、不道徳、腐敗、不正にまみれていました。貧しい者たちは、金持ちに圧迫され、搾取され、虐待されました。

アモスは、貧しい農民階級の出身でしたので、おそらく彼自身、苦い、しいたげられた恥辱をなめさせられていたことでしょう。金持ちはますます金持ちになり、貧しい者はますます貧しくなっていたのです。わずかばかりの財産を持っていた者も、不正の取引や搾取によって、落ち目になっていくと、身動きできなくなり、そのわずかの財産も売り払わなければならなくなってしまったのです。預言者の目には、北王国に神の正義は見られませんでした。金貸しは、負債の抵当に、はいている一足のくつまで剥ぎ取ったのです(2:6、8:6)。裁判官は賄賂に左右され、裁判所から真実な証言者はいなくなり、貧しい者や正直な者はいじめられ、真実とわずかな財産と生命を剥奪されていたのです。貧しい者たちはぎりぎりまで追い詰められ、自由民でも小さい農家は、勝ち目がなく、小規模の所有地は、大きな所有地の持ち主に吸収されていきました。

宗教に関して言えば、北王国の宗教の中心地べテルの宮は参拝者でごったがえしていました。表面的には、偶像礼拝は、エフ一によって禁止されていましたが、ヤーウェを礼拝しているはずのダンとべテルの公認の宮では、金の子牛礼拝が続けられ、ギルガルは偶像礼拝の中心地となり、バアル礼拝の精神が続いていました。彼らはバアルが繁栄させてくれたと思っていたからです。礼拝の内容が狂ってくると、生活も狂ってきます。

偶像礼拝には、いつも著しい不道徳が伴います。それは次第次第に容認され、拡大され、一般人の生活の中に様式として採り入れられるようになり、結果として、信仰の土台も、道徳の土台も崩れてしまったのです。家族の鮮の忠誠心もなくなり、一人一人が自分勝手に行動するようになり、夫婦の誠実もほとんどなくなり、国が根底から崩れかかっていたのです。

金持ちは貧しい者を圧迫し、自分たちはぜいたくにふけり、良心は鈍くなり、死んだ良心をもって、形ばかりの礼拝をしていたのです。外面的には、すべてが規則正しく行なわれ、参拝者も多く群がっていて、宗教に熱心のように見えていました。しかし神はそこには、おられなかったのです。これは、モーセに率いられてエジプトを出たイスラエル人が、不信仰になってカデシュ・バルネアから四十年間、神の臨在の同行なく、シナイの荒野を放浪したのと同じです。形は神の民の旅のようですが、すべてはむなしく滅びに向かっていただけです。神のいない宗教生活です。どんなに多くの礼拝者が集まっていても、神はそこにおられなかったのです。そこには、神を畏れる敬虔と真実な信仰の代わりに、迷信と不道徳がはびこっていたのです。ヤロブアムニ世の北王国は極端に、金持ちは非常に富んでおり、貧しい者は極貧にあえいでいました。

このような状況の下では、一般の国民の中に不満と不安が湧いてくるのが常です。国は内乱の危機が膨らんでいったのです。ヤロブアムニ世が死ぬと、一年の間に三人の王(ゼカリヤ 列王記第二14:29、15:8、9、シャルム 列王記第二15:13~14、メナヘム 列王記第二15:14~22)が位に着いたのです。内乱に内乱が続き、3年の後にアッシリヤの王ティグラテ・ピレセルの侵略によってイスラエル王国の一部を失い、残りもアッシリヤの好意にすがって、やっと独立を保っている状態でした。このような状態が長く続くはずがありませんでした。イスラエルの完全滅亡は確実に近づいてきていたのです。アモスは、このことを悟っていた預言者の一人でした。

アモスは、この荒れ狂う時代の中心に生きていたのです。彼の家は南王国のユダにありましたが、北王国の宗教の中心地のべテルからわずか35キロメートルしか離れていなかったので、北の様子は手に取るように分かったのです。彼の心は時代の流れの行き着く所をはっきり悟っていました。また、直ぐ近くを通り過ぎて行くキャラバン(隊商)から、エジプトやアッシリヤの動きの情報を、すばやく手に入れることができたのです。彼は、現在の繁栄があっという間に消えていく浅はかなものであること、権力の座にある者の不正と神に対する罪をよく見て、まだはっきりとは見えていなかったけれども、主がアッシリヤの力をイスラエルに向けて行使させようと、準備しておられるのを見て取ったのです。アッシリヤの王シャルマヌエセルの攻撃が地平線上に、黒雲のように見えていたのです。シャルマヌエセルはイスラエルに対する神の審判の意志を果すのです。すでに神の判決は下っていたのです。そのさばきを執行するために、神は異邦人の勢力を動かし始めていたのです。まさに、イスラエルは「風前の灯火」、「ひとかごの夏のくだもの」(8:1~3)となり、もはやイスラエルの滅亡を先に引き延ばしようがなかったのです。

目的

アモスの預言の目的は、審判です。神は、何の審判の預言も、警告もなく、滅ぼされるお方ではありません。何人も何人も預言者を遣わして、審判の警告をさせた後に、それでも神に立ち返らない時に、神は初めて災いを下されるのです。ですから、審判の預言は、神の深いあわれみなのです。しかし、審判の預言を聞いた人々は、決して喜びません。かえって、怒り出します。ここに神への反逆性が、人の心の中にあることが分かります。それ故、アモスの預言は、神を拒み、反逆している、取るに足りない国民に対する神のあわれみの一例です。

北王国のイスラエル人は、ダビデの契約を拒否し、主(ヤーウェ)の約束の成就を求めようともしていなかったのです。それにも関わらず、彼らは一人よがりで、勝手に「自分たちは神の選民であるから、災害など来ない。」と確信していたのです。彼らは、口先では「主を礼拝している。」と言っていましたが、心は主から遠く離れていました(イザヤ書29:13)。 彼らの生活は、利己的で、貧欲で、不道徳で、貧しい者を圧迫していました。国には、神の正義がなかったのです。

このような、不埒な国民に対して、襲いかかる審判を警告するために、アモスが神に呼ばれ、遣わされたのです。

「主はシオンから叫び、エルサレムから声を出される。羊飼いの牧場はかわき、カルメルの頂は枯れる。」(1:2)

「おとめイスラエルは倒れて、二度と起き上がれない。彼女はおのれの地に投げ倒されて、これを起こしてくれる者もいない。」(5:2)

「わたしの民イスラエルに、終わりが来た。」(8:2)

彼は、預言の中で、アッシリヤの名をあげていませんが、明らかにアッシリヤによる捕囚を預言しています。

彼の目的は、警告でしたが、また同時に、イエス・キリストによる救いを約束することにありました。

アモスの預言は、災いのみでした。それで、「9章に預言されている祝福は、アモスのものであるはずがない。」という説が、かつて出たことがありました。しかし、この説は、預言者アモスを誤解しています。彼は、最後に祝福を宣言することによって、神がご自身の契約に忠実であられることを示しています。神の忠実は、神が神の民を捕囚より再び帰還される時に、実現します(9:14)。

この預言は、第一義的には、北王国イスラエルに対する審判で、彼らの首都サマリヤは壊滅させなければなりません。しかしこの預言は、同じく神に反逆している全世界のすべての民にも向けられています。ある意味で、イスラエルへの審判は、すべての主に反逆している民への、見本となる、目に見える形での警告です。人の悪の酒杯が満ちてくるとき、神は正義をもって正しい審判を下されるのです。神は、決して侮るべきお方ではありません。神を侮っていると、必ず、審判を受ける時が来ます。

「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。」(ガラテヤ6:7、8)

アモス書の構造

アモスの預言の主旨は、イスラエルの偶像礼拝を責め、これに伴う罪悪、不信仰、放縦と様々な不義に対する証言をすることでした。アモスの働きは、北王国イスラエルに限られていました。南王国のユダについては、付随的に記されているだけです。

① アモスはサマリヤの丘に現われ、貴族に対して彼らのぜいたくと横暴とを摘発したのです。「聞け。このことばを。サマリヤの山にいるバシャンの雌牛ども。彼女らは弱い者たちをしいたげ、貧しい者たちを迫害し、自分の主人たちに、『何か持って来て、飲ませよ。』と言う。」(4:1)

②アモスは、べテルの聖所に現われては、祭壇と王家と王国との没落を預言しました。「まことに、イスラエルがわたしに犯したそむきの罪を、わたしが罰する日に、わたしはべテルの祭壇を罰する。その祭壇の角は折られて、地に落ちる。わたしは冬の家と夏の家とを打つ。象牙の家々は滅び、多くの家々は消えうせる。― 主の御告げ。― 」(3:14、15)

「まことに主は、イスラエルの家にこう仰せられる。『わたしを求めて生きよ。べテルを求めるな。ギルガルに行くな。べエル・シェバにおもむくな。ギルガルは必ず捕え移され、べテルは無に帰するからだ。』主を求めて生きよ。さもないと、主は火のように、ヨセフの家に激しく下り、これを焼き尽くし、べテルのためにこれを消す者がいなくなる。」(5:4~6)

③徹底して、王家と十部族に対して鋭い矛先を向けて、「イスラエル、あなたはあなたの神に会う備えをせよ。」(4:12)と叫んだのは、アモスです。

④アモスは、神からのメッセージをイスラエルに告げる前に、先ず、周囲の六カ国の国
民に、神の審判を宣言しました。

(1)ダマスコ(シリヤ、別名アラム)(1:3~5)
罪 鉄の打穀機でギルアデを踏みにじったからだ。
刑罰 ハザエルの家に火を送ろう。
火はベン・ハダデの宮殿を焼き尽くす。
ダマスコのかんぬき(城壁の門)を折る。
アベンの谷から、住民を、断ち滅ぼす。
べテ・エデンから、王位についている者を断ち滅ぼす。
アラムの民はキルへ捕え移される。

(2)ガザ(ペリシテ)(1:6~8)
罪 彼らがすべての者を捕囚の民として捕え移し、エドムに引渡したからだ。
刑罰 ガザの石垣に火を送ろう。火はその宮殿を焼き尽くす。
アシェドデから、住民を断ち滅ぼす。
アシュケロンから、王位についている者を断ち滅ぼす。
エクロンにわたしの手を向け(攻撃)
ペリシテ人の残ったものを滅ぼす。

(3)ツロ(フェニキヤ)(1:9~10)
罪 彼らがすべての者を捕囚の民として、エドムに引渡し、
兄弟の契り(契約)を覚えていなかったからだ。
刑罰 ツロの城壁に火を送ろう。
火はその宮殿を焼き尽くす。

(4)エドム(1:11~12)
罪 彼が剣で自分の兄弟を追い、
肉親の情をそこない(全く憐れみを断っていた)
怒り続けて(常に怒って人を害した)
いつまでも激しい怒りを保っていたからだ。
刑罰 テマンに火を送ろう。
火はボツラの宮殿を焼き尽くす。

(5)アモン(1:13~15)
罪 彼らが、自分たちの額土を広げるために、ギルアデの妊婦たちを切り裂いたからだ。
刑罰 ラバの城壁に火を送り、火はその宮殿を焼き尽くす。
一これは、戦いの日のときの声と、つむじ風の日の暴風のうちに起こる
主も、首長たちもともに、捕囚として連れて行かれる。

(6)モアブ(2:1~3)
罪 彼がエドムの王の骨を焼いて灰にしたからだ。
刑罰 モアブに火を送ろう。
火はケリヨテの宮殿を焼き尽くす。
モアブは、どよめきのうちに、角笛の音と、ときの声のうちに死ぬ。
さばきつかさを断ち滅ぼし、すべての首長たちを切り殺す。

その次に、アモスは、神の民の内部に目を向け、

(7)ユダに対する神の審判を告げ(2:4~5)
罪 主の教えを捨て、
そのおきてを守らず、
彼らの先祖たちが従ったまやかしもの(偶像)が彼らを惑わしたからだ。
刑罰 ユダに火を送ろう。
火はエルサレムの宮殿を焼き尽くす。

(8)イスラエルに審判を示した(2:6~16)。

イスラエルの罪(①~⑯)
①彼らが金のために正しい者を売り、一足のくつのために貧しい者を売ったからだ。(貧し い者を奴隷にした。)(2:6)
②弱い者の頭を地のちりに踏みつけ、貧しい者の道を曲げ、(虐待)(2:7)
③父と子が同じ女(神殿売春婦のことと思われます。)のところに通って(性的不道徳)、 聖なる名を汚している。(2:7)
④負債を払えない者たちの着物やぶどう酒を使って、神殿を汚していた。これは、べテルの祭壇と宮で行なっていたことを言っているものと思われます。「彼らは、すべての祭壇のそばで、質に取った着物の上に横たわり、罰金で取り立てたぶどう酒を彼らの神の宮で飲んでいる。」(8節)
⑤エジプトから連れ上ってくださったことも、エモリ人の地を所有させてくださったことも忘れ、ナジル人には酒を飲ませていたのです。(忘恩とナジル人に誓いを破らせる。)(2:10~12)
⑥預言者には、命じて、預言するなと言って、預言者たちの口を封じた。(2:12)
⑦宮殿で暴虐と暴行を重ねている。(3:10)
⑧貧しい者たちを迫害した。(4:1)
⑨偽善のささげ物(4:4、5)
⑩神のもとに帰って来なかった。(心の頑なさ)(4:6~11)
⑪まいないを取り、貧しい者を押しのける。(5:12)
⑫偶像礼拝(5:26)
⑬金持ちと権力者が利己的でぜいたくだった。(6:4~6)
⑭「私たちは自分たちの力で」(高慢)(6:13)
⑮預言者アモスに対する迫害(7:10~13)
⑯安息日を汚し、偽りの秤や枡で不正の商売をした。(8:5、6)

刑罰 イスラエルのこれらの罪に対するアモスの宣告した刑罰は、
(イ)圧迫による滅亡。「見よ。束を満載した車が押さえつけるように、わたしはあなたがたを押さえつける。」(2:13)
(ロ)神が、宮殿や冬の家、夏の家、畑、果樹園など民の財産、町そのものを、打たれること。(3:11、15、4:7、9、5:3)
(ハ)イスラエルを攻めるために、一つの民を起こす。(6:14)
(ニ)「ヤロブアムは剣で死に、イスラエルはその国から必ず捕えられて行く。」(捕囚)(7:11)

最後に、エジプトから連れ出された全部族に対する刑罰を宣告しています。

「イスラエルの子らよ。主があなたがた、すなわちわたしがエジプトの地から連れ上ったすべての氏族について言った、このことばを聞け。わたしは地上のすべての部族の中から、あなたがただけを選び出した。それゆえ、わたしはあなたがたのすべての答をあなたがたに報いる。」(3:1~2)

⑤ 3章3~8節では、アモスは、何度も反語を用いています。これは、当時の人々が神の
預言者たちの権威を疑っていたために、アモスは、神がご自身のみこころを示され、それ
を預言者は預言せざるを得ないことを、表わすために、反語を繰り返したと思われます。
⑥ アモスは、ホセアよりも詳しくイスラエルの罪悪を記しています。
特に、彼らの安逸、ぜいたく(6:6)
貧民に対する圧制、強奪、賄賂、詐欺などの蔓延(5:10~12)
全く偽善的な礼拝などを攻撃しています(4:4、5、5:21~24)。

神は、民が主の審判を聞いても、心にも留めないことを深く嘆かれ、何度も「それでもあなたがたは、わたしのもとに帰って来なかった。」(4:6、8~11)と言い、さらにイスラエルに「わたしを求めて生きよ。」(5:4)と呼びかけられたのです。

使命

1、鍵のことば

「刑罰」

2、使命

国民の罪は、国民に対する神のさばきを意味します。

アモスの重荷は、刑罰に関するものでした。彼は、ぜいたくで、好き勝手にしている時代の人に対して、厳格な神のみことばを携えていました。彼は、わざわいを預言しました。

この書は、国民のさばきを示しています。個人の罪は、最後の大いなる神の白い御座でさばかれるけれども(ヨハネの黙示録20:11~15)、国民としての全体は、この世でさばかれることを示しています。世界の戦争の歴史などは、それを証明しています。

預言者アモスのメッセージ

アモスが重荷とした預言は、その大部分が北王国イスラエルに対する、避けられない神の審判とその刑罰の通告です。アモス書の最後の数節には、ダビデの王位が回復するという、神のあわれみが記されていますが、それは、ほんのわずかであって、この大胆な神の預言者アモスに与えられたメッセージのすべては、イスラエルに対する切迫した災いを基調にしています。アモスは、かりそめにも、軽はずみに人の耳を喜ばすようなことは語っていません。彼の心の目は、神の審判のメッセージにしっかりと注がれています。国家的な罪に対しては、国家的な審判が下されます。イスラエルがこれまで神のあわれみと、恵みの特権を豊かに受け、また預言者を通して神に帰る機会が多くあればあるほど、それを拒み、神に反逆し続けたことは、それだけ審判が厳しくなるのは、当然のことです。

ヤロブアムニ世の治世下でのイスラエルは、外面的にはすべて秩序正しく営まれているようでしたが、本質的には、滅亡の運命がイスラエルのすべての上をおおっていたのです。主なる神は、ライオンが獲物に飛びかかろうと身構えているように、イスラエルの民に審判をもって臨もうと、待ち構えておられたのです。神は何度も何度も預言者を遣わして警告を発しておられたので、イスラエルの全国民は、主の審判の衝撃を感じるはずでしたが、無駄でした。神は一回の罪だけで、直ぐに厳しい審判を下すお方ではなかったので、神の民は神のあわれみ深さに慣れっこになってしまって、神の審判の厳しさに無感覚になっていたのです。

「主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは、焼き尽くされます。このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。」(ペテロ第二3:9~11)
イスラエルの上には、今にも、情け容赦なく神の審判が下ろうとしていました。神の御心を侮蔑し続けて行くなら、その実を刈り取らなければならなくなります。

「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔け
ば、その刈り取りもすることになります。自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。」(ガラテヤ6:7~8)

北王国には、社会的に貧しい民の圧迫と法律的不正、腐敗の上に、ギルガルとべテルに偽の神殿が建てられて、問題が起こっていました。主なる神は、このイスラエルのあくどい偶像礼拝の儀式を忌み嫌われました。神は、彼らの偽りの祭礼や、祝宴、多くのいけにえを、喜ばれませんでした。それらはすべて、心から信仰によってささげられたものではなく、偽り物でした。これほどひどい祭礼や、いけにえがささげられたことは、これまでありませんでした。

「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。」(サムエル記第一15:22、23)

「たとい私がささげても、まことに、あなたはいけにえを喜ばれません。全焼のいけにえを、望まれません。神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」(詩篇51:16、17)

アモスは、このようなギルガルとべテルの偽りの礼拝に対して、激しい怒りと反感を抱いていました。それは、彼が南のユダの出身だったからだけではありません。このダンとべテルでの神殿礼拝は、ソロモンの死後、イスラエルの統一王国が分裂して、ヤロブアムー世によって始められました。この北での礼拝は、エルサレムの神殿での礼拝が、真の正統な礼拝であると確信していた南王国の国民の目には、ヤーウェの神に対する冒涜と映っていたことは間違いありません。事実、北での礼拝には、主が召された祭司ではない者が祭司となっており、偶像礼拝が行なわれていました。アモスは、これらの神殿は根こそぎ滅ぼされると預言しました。そして、すでに主は、彼らの祭壇のかたわらに立っておられて、その所を全壊させようとしておられたのです(9:1~4)。

これらのイスラエルの罪(貧しい人を圧迫し、神に対してはベテルとギルガルで主を冒涜する偶像礼拝を行なったこと)に対する刈り取りは、一つしかありません。それはイスラエルの完全な荒廃だけです。

ルカの福音書12章48節に、「すべて、多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます。」とありますが、大きな特権が与えられた者には、大きな責任が求められます。この点で、神はイスラエルをエジプトの奴隷の状態から救い出して、神の民とし、シナイの荒野の旅路も守られ、神の約束の地カナンを相続地として与えられました。さらに彼らのために、祭司と預言者を与えて、律法とメシヤの約束を教え、導かれました。彼らは主に従うことによって、カナン七族の敵を倒して占領し、ダビデとソロモンの時代には、これまで世界に類のない大繁栄を成し遂げたのです。これは、あの小さな国が自分たちの力でできる範囲のものではありませんでした。この特権は、主が他の民族に与えたことのない大きな特権でした。それを彼らは、踏みにじったのですから、その罪咎に対する刑罰も、それ相当に厳しいものになるのは当然です。その結果、イスラエルは神から全く捨てられることになったのです。こうなってしまったイスラエルは、主がエジプトから救い出されたことは、異教のペリシテ人をクレテから導き出したことや、異教のシリヤ人をキルから導き出したことと、同じになってしまいます。神の判決は、すでに下っていました。処罰は早急に執行されようとしていました。道路を敷き占めるためのローラーが、イスラエルの全国を押し砕くことになるのです(2:13~16)。

アモスのメッセージは、主が正義の神であるという内的確信に基づいていました。この神の正義は人間の不義に対して、戦いの宣戦布告をしたのです。これは人間に対して厳しいさばきをもたらします。アモスのメッセージは倫理的な性質をもっていますが、それは人間の善や正義に基づいたものではなく、神のご性質に基づいたものです。それ故、アモスが言う罪は、過失以上のものであり、単なる定まったおきてから、道徳的に逸れたこと以上のものです。罪は、神に対する反逆にほかならなかったのです。イスラエルは信仰によってヤーウェの神と契約関係に立っていました。これはイスラエルの民に、主に対する忠実で、従順な信仰を持つことを義務付けていましたが、イスラエルはこの義務を拒絶してしまったのです。彼らは、神との契約を破棄し、主を捨てて、自分勝手に礼拝を始めて、主に反逆したのです。

アモスは、南王国ユダの出身でしたが、彼は北王国に向かって、彼らの罪の譴責の預言をしたのです。アモスは、事実上の北王国イスラエルに対する最後の預言者でした。彼は自国の南王国のユダに対しては、口を閉ざしていますが、それは、ユダには北のイスラエルと同じ罪がなかったからではありません。彼がイスラエルにだけ語っているのは、イスラエルに対する神のさばきの期が熟していて、審判が目前に迫っていたからです。そのために、主はアモスをイスラエルのために召して、遣わされたのです。それで彼は、もっぱら北のイスラエルに限って、預言したのです。

しかし、アモスは、近隣諸国にも言うべきメッセージを持っていました。彼はイスラエルの罪を譴責する一方、神と契約関係になかった異邦人の諸国に対しては、全く別の基準を当てはめました。これらの異邦人諸国の中にアモスが見たものは、人としての尊厳や人権を無視し、神のあわれみをすべて拒否し、国と国の間では野獣のような残酷なことを繰り返していたのです。アモスはどの方向を見ても、人に対するあわれみがないことが深刻な原因であることを悟りました。さらに事態を悪化させていたのは、残酷な働きによって、ささいな利得が得られたことでした。

ぺリシテのガザは、わずかな金を得るために、一つの村全体の人を奴隷に売り飛ばしたのです。

モアブの王は、敵に対する復讐心から、自分たちの怒りを満足させるために、敵の骨を焼いてしまったのです。このような事件は後を絶たなかったのです。このような、人に対するあわれみがない、危険な国では、同胞意識はなくなり、安全な世界が続くはずがありません。安全な社会が続く基礎がないからです。

アモスは、預言者としての学問の訓練を受けていませんでしたが、彼の、罪を責める論法はあざやかで、熱意がこもっており、ストレートで、簡潔さは追従を許さないほど抜群です。彼の文体には、農夫の素朴さがありますが、主の威厳と気品に満ちています。アモスは無学でしたが、主の恵みを受けて、純粋なヘブル文体を駆使して、預言を書き記しています。アモスは、人の心にグサグサ刺さる言葉で、語っています。

彼の持っていた神経験の意識は、強烈で、聞く人の心を動かさないではおかなかったのです。彼は神の呼び名を特別な意味をこめて語っています。彼はイザヤがよく使った「イスラエルの聖者」という呼称は一度も使っていません。アモスにとっては、神はイスラエルの神だけでなく、世界のすべての人々を救い、すべての人とともに働き、すべての人をさばかれる、全人類の神としての意識が強かったので、「イスラエルの聖者」という言葉を使わなかったのでしょう。アモスは、

「ヤーウェ」という名前を、52回
「エロヒム(神という意味)」2回
「あなたの神ヤーウェ」1回
「アドナイ(主という意味)」3回
「主ヤーウエ」19回
「万軍の神ヤークエ」6回
「主ヤーウェ、万軍の神」1回
「万軍の神ヤーウエ」1回
「ヤーウェ、万軍の神、主」1回、使っています。

アモスが抱いていた神の概念は

(1)一番中心的な、アモスの神概念は、「力ある神」です。神は聖く、義で、罪を憎まれるお方で、罪ある者は、だれも神の前に立つことができません。
(2)神は、あわれみに満ち、情け深く、愛に満ち、怒るのに遅く、すべての罪を赦そうとしておられる神です。
(3)神は、全世界のあらゆる人種の人々を救い、交わろうと望んでおられる、人格をお持ちの神です。
(4)神は、私たち人間に、宇宙の創造者であり、保持者である神とともに、神の国を建設する共同建設者になる栄誉と尊厳を与えようとして、みことばと聖霊によって、ご自身を啓示される神です。そして、真の神の国の交わりの中で、人が平和に、親密に、争うことなく、交わることができるようにしてくださる神です。
(5)神は、最後には、勝利を収めて、神の子たちに預言によって語られた約束と希望を実現される主権をお持ちの神です。「その日、わたしはダビデの倒れている仮庵を起こし、・・・繕い、・・・復興し、・・・建て直す。わたしは・・・捕われ人を帰らせる。 わたしは彼らを彼らの地に植える。」(9:11~15)

アモスの預言は、大部分が悪と神の審判を語っており、神に嘆願する預言者アモスの語った説教的な命令は主に、「聞け」、「求めよ」、「帰れ」、の三つです。
「聞け」(3:1、13、4:1、5‥1、7‥16、8:4)、「求めよ」(5:6、14)、「帰らせる」(9:14)、「公義を・・・正義を・・・流れさせよ。」(5:24)

また、神が「わたしは・・・する。」(I will)という言い方は、神の強い主権の意志を示しておられます。しかし、民は、「それでも、あなたがたはわたしのもとに帰って来なかった。」(4:6、8、9、10、11)と繰り返しています。これは、神の深い愛とあわれみに対して、反逆し続けた神の民の冷淡で、不信仰な態度が、いかに深く主を悲しませ、失望させ、何度も主の御心をくじいてきたことを物語って(啓示して)います。これは、私たちも注目すべき言葉です。

彼が用いた用語は、すべて当時の人々がよく知っている言葉で、すべて日常生活の中で観察されたものです。彼ほど、生き生きと変化に富んだ描写で、自然界や生活の中からたとえを引き出した預言者は他に見出すことができません。

「鉄の打穀機」(脱穀用の鉄の板1:3)
「つむじ風の日の暴風」(1:14)
「杉の木のように高く、樫の木のように強かった。」「その上の実と下の根とを」(深く根を張った香柏の杉と樫 2:9)
「獅子」「若い獅子」(森の中で獲物を狙ってほえている、飢えた獅子 3:4)
「鳥は、わながかけられないのに、地の鳥網にかかるだろうか。」(わなにかかった鳥 3:5)
「雄獅子の口から、(助け出すためにかけ寄る)羊飼い」(3:12)
(漁夫の)「釣り針」(4:2)
(部分的に降らせる)「雨」(4:7)
「立ち枯れと黒穂病(腐り病)」(4:9)
「果樹園とぶどう畑」(4:9)
「馬、鼻」(4:10)
「山々、風、暁、暗やみ」(4:13)
「朝、昼、暗い夜」(5:8)
「小作料」(5:11)
(悲しみ泣いている)「農夫」(5:16)
「熊、蛇」(5:19)
「主の日はやみであって、光ではない。暗やみであって、輝きではない。」(日食 5:20)
「牛舎の中から子牛」(6:4)
「苦よもぎ」(6:12)
「いちじく桑の木」(7:14)
「神殿の歌声」(8:3)
「一足のくつ、くず麦」(8:6)
「倒れている仮庵を起こし」(修繕された小屋 9:11)

これが神の預言者アモスの実力です。彼は神に近く生活して、神のみ旨をわきまえ、神のメッセージを授かって、訴えたのです。他の預言者の場合もそうでしたが、アモスもイスラエルのほとんどすべての国民から敵意をもって迎えられました。しかし彼は、不屈の信仰と熱意を持って、主のメッセージを伝え続けたのです。

アモスの恐れを知らない、聖なる大胆さは、預言者エリヤに似ており、罪を譴責、弾劾する厳しさは、バプテスマのヨハネを思い起こさせます。彼は表面的な宗教改革を望んだのではなく、根本的な神による変革を祈り求めたのです。彼は、預言において、謹厳で、自制的で、論理的な心で、力強い想像力を働かせて語り、神の与えられた国の自然の原野や田舎の農村を強く愛していました。

アモスは、神を、律法的にではなく、また神学的な知識としてでもなく、経験的によく知っていました。彼は9章しかないアモス書全体の中で、八十回も神について親しく経験を語っています。

私たちは、1章2節や、3章13節、7章14~17節から、アモスが確かに神の召命を受けて、神のご命令を語っていることを確信することができます。彼は、自分の召命について、「獅子がほえる。だれが恐れないだろう。神である主が語られる。だれが預言しないでいられよう。」(3:8)と言って、神の召命は、獅子のほえ声のような、逆らえない権威を持って、突然臨んだことを言っています。また「主は群れを追っていた私をとり、」(7:15)と言って、主が彼を捕えられたと言っています。彼は「天からの啓示にそむかず、」(使徒の働き26:19)従順な心で主の召しに従ったのです。それは、パウロと同様に、「そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。」(コリント第一9:16)という信仰を持っていたのです。彼はそうせざるを得ない心を持っていたのです。彼は「主よ。私を助けてください。」と祈りつつ、預言を語り続けたのです。

分解

1、審判

1~2章 諸国民に対する審判の宣言(序文)
(1)ダマスコ(シリヤ)1:3~5
(2)ガザ(ペリシテ)1:6~8
(3)ツロ(フェニキヤ)1:9、10
(4)エドム1:11、12
(5)アモン1:13~15
(6)モアブ2:1~3
(7)ユダ2:4、5
(8)イスラエル2:6~16
3~6章 イスラエルの邪悪に対する審判(三つの説教)
(1) 第一の教え3章
(2) 第二の教え4章
(3) 第三の教え5~6章
7~9章 来るべき審判の五つの幻
7章~9章6節 イスラエルに対する審判の予告
(1)食い尽くすいなごの幻7:1~3
(2)焼き尽くす火の幻7:4~6
(3)測りなわの幻7:7~9
(4)歴史的事件の挿入7:10~17
(5)ひとかごの夏のくだものの幻8:1~14
(6)祭壇のかたわらにいます主の幻9:1~6
9章7節~15節 救いと回復の予告

2、国民的罪責

1~2章 譴責
1章~2章3節 まわりの国民への刑罰の預言
2章4節~16節 ユダとイスラエルへの刑罰の預言
3~6章 イスラエルに対する宣言
3章 主の論告と判決
4章 主の召喚
5章~6章 嘆きとその原因
7章~9章10節 イスラエルに関する黙示(啓示)
9章11節~15節 全イスラエルの回復

以下、各章の詳細解説

以上、20ページ分の抜粋

写真は、フランスの画家James Tissot(1836 – 1902)が1888年に描いた「The Prophet Amos(預言者アモス)」

このプリント・シリーズは、原稿をA4用紙に印刷したもので、本にはなっていません。

「アモス書(A4 84枚)」の価格は1,680円+送料です。購入ご希望の方は、下記にお問い合わせください。

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