聖書の探求 007b 創世記 1章 天地創造

8、各章

次に、おもな章の内容を考えてみましょう。

1章

1節、
創 1:1 初めに、神が天と地を創造した。

創造の包括的宣言です。ここには、二つの事実が宣言されています。

第一に、神が天と地を創造されたということは、神はそれ以前から存在されたという、神の先在の事実を示しています。神は、生まれた方でも、造られた方でも、途中から出現された方でもありません。神は永遠からの存在者であられます。

第二に、天と地は、宇宙の万物の総称として使われていますから、万物の起源は神の創造の業によった事実を示しています。ここに使われている「創造」という言葉は、無から有を創造することを意味する「バラ」というへプル語が使用されています。このことは、神が無から現在の宇宙を創造され、それ以前には何ものも存在していなかったことを示しています。この「バラ」という言葉は、1,21,27節にも見られますが、明らかに既にある材料を用いて造ることとは区別して使用されています。

この一節は、これまで多くの人に神の存在を確信させ、感銘を与えてきました。私たちも大空を仰ぎ、大自然を見ながら、心に恵みが満ちるようになるまで、この聖句を繰り返し口ずさみたいものです。

2~31節は、地が形のない状態から、現在の秩序ある状態になっていった経緯を記しています。
創 1:2 地は茫漠として何もなかった。やみが大水の上にあり、神の霊が水の上を動いていた。
1:3 神は仰せられた。「光があれ。」すると光があった。
1:4 神は光を見て良しとされた。神は光とやみとを区別された。
1:5 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。
1:6 神は仰せられた。「大空が水の真っただ中にあれ。水と水との間に区別があれ。」
1:7 神は大空を造り、大空の下の水と、大空の上の水とを区別された。そのようになった。
1:8 神は大空を天と名づけられた。夕があり、朝があった。第二日。
1:9 神は仰せられた。「天の下の水が一所に集まれ。かわいた所が現れよ。」そのようになった。
1:10 神はかわいた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神はそれを見て良しとされた。
1:11 神は仰せられた。「地が植物、すなわち種を生じる草やその中に種がある実を結ぶ果樹を、種類にしたがって、地の上に芽ばえさせよ。」そのようになった。
1:12 地は植物、すなわち種を生じる草を、種類にしたがって、またその中に種がある実を結ぶ木を、種類にしたがって生じさせた。神はそれを見て良しとされた。
1:13 夕があり、朝があった。第三日。
1:14 神は仰せられた。「光る物が天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。しるしのため、季節のため、日のため、年のためにあれ。
1:15 また天の大空で光る物となり、地上を照らせ。」そのようになった。
1:16 神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。また星を造られた。
1:17 神はそれらを天の大空に置き、地上を照らさせ、
1:18 また昼と夜とをつかさどり、光とやみとを区別するようにされた。神はそれを見て良しとされた。
1:19 夕があり、朝があった。第四日。
1:20 神は仰せられた。「水には生き物が群がれ。鳥が地の上、天の大空を飛べ。」
1:21 神は、海の巨獣と、種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、種類にしたがって、翼のあるすべての鳥を創造された。神はそれを見て良しとされた。
1:22 神はそれらを祝福して仰せられた。「生めよ。ふえよ。海の水に満ちよ。また鳥は地にふえよ。」
1:23 夕があり、朝があった。第五日。
1:24 神は仰せられた。「地が、種類にしたがって、生き物を生ぜよ。家畜や、はうもの、野の獣を、種類にしたがって。」そのようになった。
1:25 神は、種類にしたがって野の獣を、種類にしたがって家畜を、種類にしたがって地のすべてのはうものを造られた。神はそれを見て良しとされた。
1:26 神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」
1:27 神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。
1:28 神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」
1:29 神は仰せられた。「見よ。わたしは、全地の上にあって、種を持つすべての草と、種を持って実を結ぶすべての木をあなたがたに与える。それがあなたがたの食物となる。
1:30 また、地のすべての獣、空のすべての鳥、地をはうすべてのもので、いのちの息のあるもののために、食物として、すべての緑の草を与える。」そのようになった。
1:31 神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。夕があり、朝があった。第六日。

2節には、3つの情況が記されています。

創 1:2 地は茫漠として何もなかった。やみが大水の上にあり、神の霊が水の上を動いていた。

地は形がなく、荒廃しており、空虚であり無秩序であったことです。

やみが大いなる水の上にあった。まだ光 は存在せず、地球は濃い水蒸気に包まれて おり、粘度が下がるにしたがって地球は水でおおわれるようになったのでしょう。

③ しかしその時期にすでに、神の霊は働かれていました。ちょうど親鳥が卵をかえすときに卵をかかえこんで温めているように、神の御霊は地球の誕生のために温めているかのようです。

これらの状態は、、最初の絶対的創造の時から、3節の最初の創造の言葉が神から発せられる時まで続きました。この期間がどれくらいであったかは、だれにも分かりません。
1:3 神は仰せられた。「光があれ。」すると光があった。

1章中に見られる強調点

① 神が絶対的に単独で働かれたこと

神(エロヒム)という言葉は、1章中に32回、ほとんど主語として使われています。神は、他のだれからの力を借りることなく、創造のみわざを成しとげられたのです。

「創造する」3回  物質的宇宙の創造(1節),動物的生命の創造(21節)、人間の生命の創造(26、27節)

26,27節をみますと、人間は神のご人格に似せて造られていることが分かります。
1:26 神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」
1:27 神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

そのことが2章7節では、神のいのちの息を吹き込まれたと言われています。
創 2:7 神である【主】は土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで人は生きものとなった。

この点が人間の創造と、他の宇宙のあらゆるものの創造の違うところです。28節では、人間は神のもとで、宇宙を支配するために造られたことが分かります。
創 1:28 神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」

ですから、人間は創造の冠なのです。

「仰せられた」11回 (3,6,9,11,15,20,22,24,26,28,29節)

これは、神のみことばによる創造のみわざを強調しています。神のみことばには宇宙を創造するほどの偉大な力があるのですから、もっともっと私たちは、みことばに信頼し、ゆだね、従うべきではないでしょうか。神のみことばの力を割引いて考えるところから、不信仰の思いが忍び寄るのです。

「見る」7回 (4,10,12,18,21,25,31節)

「区別する」5回 (4,6,7,14,18節)

「祝福される」2回 (22,28節)

このように、神は主体的に単独で働かれていることが分かります。

しかし、すでに2節では、聖霊が働かれていることをお話しましたし、26節では、神はご自身を「われわれ」と複数形で呼んでおられますから、この創造には、父とみ子イエス・キリストと聖霊の三位一体の神が働かれたことが分かります(箴言8:22~31)。
箴 8:22 【主】は、その働きを始める前から、そのみわざの初めから、わたしを得ておられた。
8:23 大昔から、初めから、大地の始まりから、わたしは立てられた。
8:24 深淵もまだなく、水のみなぎる源もなかったとき、わたしはすでに生まれていた。
8:25 山が立てられる前に、丘より先に、わたしはすでに生まれていた。
8:26 神がまだ地も野原も、この世の最初のちりも造られなかったときに。
8:27 神が天を堅く立て、深淵の面に円を描かれたとき、わたしはそこにいた。
8:28 神が上のほうに大空を固め、深淵の源を堅く定め、
8:29 海にその境界を置き、水がその境を越えないようにし、地の基を定められたとき、
8:30 わたしは神のかたわらで、これを組み立てる者であった。わたしは毎日喜び、いつも御前で楽しみ、
8:31 神の地、この世界で楽しみ、人の子らを喜んだ。

②創造に対する神の満足

1章中、「よしとされた。」という言葉が7回も記されています。(4,10,12,18,21,25,31節) これは、神の創造されたものがみな、神のみこころにかなったものであったことを示しています。特に人を創造された後の31節では、「非常によかった。」と記されています。このことからして、神がどれほど人を喜ばれ、愛され、その交わりを期待されていたかがうかがわれます。しかし残念なことに、人が罪を犯し、神に背いてからは、宇宙のすべてのものはのろわれ、うめくものとなってしまったのです。
イエス・キリストは、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。」 (マタイ6:33)と言われました。
マタ 6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

神を第一にするときすべては非常によいものとなるのです。このことは、私たちが地上の生活を営んでいる間においてだけできることなのです。

③ 創造の記録は、神の命令のみことばと成就の関係で語られています。

このことは、神のみことばによって、神の創造の目的が完全に実現したことを強調しています。(ヨハネ1:1~3、ヘブル1:2、ヘブル11:3、ペテロ第2、3:5)

ヨハ 1:1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
1:2 この方は、初めに神とともにおられた。
1:3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。

ヘブル 1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。
ヘブル
11:3 信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。

Ⅱペテ 3:5 こう言い張る彼らは、次のことを見落としています。すなわち、天は古い昔からあり、地は神のことばによって水から出て、水によって成ったのであって、

主イエス・キリストも、みことばによってサタンを打ち破られ、病いをいやし、嵐を静められました。神のみことばには、これほどの権威があることを私達も確信して従っていきたいものです。(マタイ7:29、コリント第一、1:18)

マタ 7:29 というのは、イエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。

Ⅰコリ 1:18 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

私たちは、信仰の確信を主観的な感情や自分の行ないによって判断する前に、神のみことばの上に立つことが最も大切なことです。神のみことばに信頼し、従っていく信仰生活は必ず大きな祝福を受けます。これが信仰生活の最大の魅力です。

④ 創造のみわざは六日からなっています。

六日の期間は、みな同じであったか、また一日の長さはどれくらいであったか、全く述べられていませんので分かりません。しかし一日が今日の24時間ではなく、相当長い期間であっただろうということは、ほとんどの学者が一致しているところです。

六日の間には対応がみられます。

(イ)第一日 光(昼と夜の区別)‥‥‥第四日 太陽、月、星 (光の完成)

(ロ)第二日 大空と水の分離(大空の下にある水と上にある水の分割)‥‥‥第五日 鳥と水の中の生物(空と海の完成)

(ハ)第三日 かわいた地と植物‥‥第六日 動物と人間(陸の完成)

これらの対応をじっと考えていると、次のことが分かってきます。神は生物を造られる前に、必ずその生物が生活できる環境や食物を造っておられることです。神は光をつくる前には、どんな生物も造られませんでした。
植物でも、動物でも、光なしには生きることができないからです。また神は、空を造る前に鳥を造ったり、海を造ったり、かわいた地を造る前に植物を造られることはしませんでした。また実のなる果樹を造られる前に、鳥も、動物も、人も造られなかったのです。また神は生物の最初に人を造られませんでした。

もし人が生物の最初に造られていたなら、人は、ほとんど何もする仕事がなくて、つまらない日々を過したに違いありません。神は、エデンの園の管理という仕事を準備されてから、人をお造りになりました。私たちは、この一章の中に、行き届いた深い神のご配慮を見ることができます。
このような神が私たちが信じる神であり、私たちの父なのですから、少しも心配したり、思いわずらったりすることなく、信頼して、すべてをおまかせして従っていくことが最も安全でよいことなのです。(マタイ6:25~34)

マタ 6:25 だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。
6:26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。
6:27 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
6:28 なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。
6:29 しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。
6:30 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。
6:31 そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。
6:32 こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。
6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。
6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

このように神の意図が分かってきますとだれが創世記一章を古代の伝説的神話だと言うことができるでしょうか。これはまぎれもなく誇張のない事実の歴史です。創世記は科学的に記録したものではありませんが、それが科学的な問題に触れるときには、いつも正確です。未だかつて創世記一章に矛盾するような事実を発見した科学者はいません。

本章は、人がこの地球上において罪を犯した故に、その力点をこの地球においています。
しかし地球が宇宙(太陽系)の中心であると言っているのではありません。ただ宗教的な意味においてのみ地球を中心に扱っているのです。

またこの創造の記録は、

多神論を否定しています。唯一の神が創造されたのです。
物質の永遠性を否定しています。神がこれを創造された「初め」があります。このことは進化論の最初の部分の漠然としたところを打ち破ります。
③宇宙を神と同一視する汎神論を否定します。神は万物より先に、万物とは別におられたからです。
宿命論を否定します。神は永遠に、みこころのままに自由に行動されるからです。


上の写真は、フランドルの画家ヤン・ブリューゲル (子) (Jan Brueghel the Younger (1601–1678))により描かれた「Paradise landscape with the Creation of the animals(動物が創造された時の楽園の風景)」(Wikimedia Commonsより)


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