書籍紹介 「さると人間(進化論は本当に科学か)」

真部 明 著 B6 18頁

万一、進化論が正しいなら、人間はどうなっているのか。
聖書と真の科学の立場から、わかりやすく解説しています。ぜひ読んでいただきたい冊子です。

 

 

目次

・万一、進化論が正しいならば
・ダーウィンについて
・母親の胎内にいる胎児について
・人間の痕跡器官と言われているものについて
・化石
・年代決定法など

以下、一部抜粋

すべての科学の法則や人間の考え出した哲学は、その最初は仮説から始まっております。そして、その考え方が、自然界の現象や宇宙の変化に一致する時、法則として認められるのです。例えば、有名なニュートンの万有引力の法則やアルキメデスの原理、あるいは一九〇五年アインシュタインによって提唱された相対性原理などがあげられるでしょう。しかし、これらの原理も、その条件を満す時にのみ有効なのです。ニュートンは、万有引力の法則を発見した時、「この発見は、大海の水をスプーンですくったにしかすぎない。」と謙遜に言ったそうであります。人間の発見したいかなる原理も、人間が造り出したものではなく、既に存在していた大宇宙の原理の中の、極わずかを見い出したにしかすぎません。これらは、仮定した原理が、ある分野において立証されて、法則として受け容れられたものです。しかし、この法則も更に研究が深められるに従って改められ、制限が付加されているのです。そして、これからもどんどん変っていくことでしょう。

実際、ほとんどの仮説は、消えていってしまいました。けれども、その中には、人間の都合によって、あまり充分に研究もされないで、人々に受け容れられてしまった「誤った仮説」があります。その代表的なものが、ダーウィンの進化論です。これは「生物の種類は、進化によって生じた。」という学説です。そもそも この学説が考え出されたのは、真理を追求する純粋な動機からではなくして、人類がそれまで疑ったことのなかった「すべてのものは、聖書の真の神によって造られた。特に、人間は真の神によって造られた。」という真理を受け容れたくなかった故に、反発して叫ばれた議論です。それは「進化論」であって、議論をする人はありますが、整然と客観的根拠をもって立証した人はありません。私達の心の在り方にも相応しくありません。また、進化論に従って進化しながら生きている人を、見たこともありません。

万一、進化論が正しいならば

無限の時間を進化し続けた動物園の猿は、すでにいなくなっている筈です。しかし今日も鉄のオリの向側から「人間こそオリの中に入っている。」というような目つきでこちらをにらんでいます。
万一、進化論が正しいならば、動物園に猿が沢山いるのですから猿と人間の中間の進化途中の類人猿が、噂だけでなく現実に私達の周囲に沢山いてもよい筈です。
万一、進化論が正しいならば、人類はこの数千年の間に、もっと進化して、人殺しや、憎み合い、不潔な男女関係、家庭の不和はなくなり、受験勉強にも苦しまなくていいようになっている筈です。しかし現実は少しも進化していないのです。
又、もし万一、進化論が正しいのなら、あなたは、あなたの子供より猿に近く、あなたの両親は、あなたより猿に近いわけです。このことをあなたの両親に話したならば、どんな顔をするでしょうか。
この進化論を最初に提唱したダーウインは、途中でこの学説を投げ捨てて、神を認めて生涯をとじたと言われています。しかし、彼の唱えた抜殻が残って、まむしの毒がたちまち全身にまわってしまうように、進化論の毒素は人類を害してしまったのです。人間は、善に傾くのは、はなはだ難しく、悪に傾くのは、至極容易であります。

このチャールズ・ダーウィンについて

の一ツの記事をご紹介しておきましょう。彼は「ビーグル号航海記」の中で、南アフリカのチェラ・デル・フェゴ島の原始的で凶悪な性格の種族について書いています。ダーウィンは、このような人間は聖書の力によって改革されるとは考えられませんでした。ところが、一人の伝道者がこのダーウィンの考えに挑戦して、この島に聖書をもって入っていきました。ダーウィンが後年その島に来た時には、その島は全く改善されてしまっていました。その後、彼はその島で伝道している伝道協会に定期的に献金するようになり、また自分の集会場は福音伝道の為に用いるようになりました。彼はある時、フェーガンという伝道者に手紙を送って「あなたの数ヶ月の説教は、私達の数年間のすべての努力よりももっと大きな効果をあげました。私達は、一人の酒飲みもなおすことができませんでした。しかしあなたの奉仕の結果、村には酒飲みが一人もいなくなりました。」と語りました。ダーウィンは、初めて聖書の力を知ったのです。

以上、一部抜粋