聖書の探求(069a) 出エジプト記39章 アロンの聖衣が作られ、すべての製作が終わる

39章では、アロンの聖衣が作られて、すべての製作は終わり、あとは、それを組み立てたり、着用するだけです。

Ⅰ.1~21節、アロンの聖なる装束の製作

出39:1 彼らは、青色、紫色、緋色の撚り糸で、聖所で仕えるための式服を作った。また、【主】がモーセに命じられたとおりに、アロンの聖なる装束を作った。

1節、「アロンの聖なる装束」は、祭司が聖所で神に仕えるための式服です。クリスチャンが主に仕えるためにも、聖なる装束、すなわち、「キリストを着」(ローマ13:14、ガラテヤ3:27)なければなりません。

ロマ 13:14 主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。

ガラ 3:27 バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。

ここでは、三色の撚り糸が使われています。青色、紫色、緋色です。この三色はエポデにも使われており、青服のすそのざくろにも、かぶりものにも使われています。これは聖衣を作る織物に使われた三原色と言ってもよいでしょう。明らかに、この三色はある意味を持っていたことは事実です。それを明白に言い当てることは困難ですが、聖書全体から考えるなら、青は神の聖さか、真実さを表わすものといってよいでしょう。紫は、しばしば王の色として用いられているところから、王の色と考えてよいでしょう。緋色はキリストの血潮を表わす色と言っても差し支えないでしょう。ついでながら、エポデに使われている金色は神の権威を表わしているといってよいでしょう。とにかく、これらの色の一つ一つについても、神が指定されたのです。このことより、神のご計画や神の福音の義理には、人間の個人的な考えが入り込む余地は全くないことがわかります。

2~21節、エポデは、祭司が神の御前に立つとき、これを着てイスラエルの十二部族を執り成すことを意味しています。

出 39:2 彼はまた、金色、青色、紫色、緋色の撚り糸と、撚り糸で織った亜麻布で、エポデを作った。
39:3 彼らは金の板を打ち延ばし、巧みなわざで青色、紫色、緋色の撚り糸に撚り込み、亜麻布に織り込むために、これを切って糸とした。

エポデには、すべての色の撚り糸の中に金の糸が撚り込まれています。それは、すべての中に神の権威が貫かれていることを表わしているのだと思われます。

エポデには、肩当てと帯と胸当てがあります。

肩当て(4~7節)には、金のわくに、しまめのうがはめ込まれており、これにイスラエルの子らの名前が彫り込まれており、イスラエルの子らの記念の石とされました。

出 39:4 彼らは、エポデにつける肩当てを作った。それぞれ、エポデの両端につけられた。
39:5 エポデの上で結ぶあや織りの帯は、エポデと同じ材料で、【主】がモーセに命じられたとおり、金色、青色、紫色、緋色の撚り糸、撚り糸で織った亜麻布で、エポデと同様に作った。
39:6 彼らは、しまめのうを、金のわくにはめ込み、これに印を彫るようにして、イスラエルの子らの名を彫った。
39:7 彼らはそれをエポデの肩当てにつけ、【主】がモーセに命じられたとおりに、イスラエルの子らの記念の石とした。

これはイスラエルの民が神の民として、神に担われる民であることを示しています(イザヤ書46:3,4)。

イザ 46:3 わたしに聞け、ヤコブの家と、イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。
46:4 あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。

また、キリストは私たちの罪と重荷を担いたもうお方です(詩篇68:19、ペテロ第一2:24)。

詩 68:19 ほむべきかな。日々、私たちのために、重荷をになわれる主。私たちの救いであられる神。 セラ

Ⅰペテ 2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

胸当て(8~21節)には、一列に三個ずつ、四列に十二個の宝石がはめ込まれています。

出 39:8 彼はまた、胸当てを巧みな細工で、エポデの細工と同じように、金色や青色、紫色、緋色の撚り糸、撚り糸で織った亜麻布で作った。
39:9 四角形で二重にし、その胸当てを作った。長さ一あたり、幅一あたりで、二重であった。
39:10 それに、四列の宝石をはめ込んだ。第一列は赤めのう、トパーズ、エメラルド。
39:11 第二列はトルコ玉、サファイヤ、ダイヤモンド。
39:12 第三列はヒヤシンス石、めのう、紫水晶。
39:13 第四列は緑柱石、しまめのう、碧玉。これらを金のわくに入れてはめ込んだ。

その宝石にも一つずつ、イスラエルの十二部族の印の彫り物がしてありました。

出 39:14 これらの宝石は、イスラエルの子らの名によるもので、彼らの名にしたがい、十二個で、十二の部族のために印の彫り物が、一つの名につき一つずつあった。
39:15 ついで、編んで撚った純金の鎖を、胸当ての上に作った。
39:16 彼らは金のわく二個と金の環を二個作り、二個の環を胸当ての両端につけた。
39:17 そして彼らは、二筋の金のひもを胸当ての両端の二個の環につけた。
39:18 その二筋のひもの他の端を、先の二つのわくにつけ、エポデの肩当てに外側に向くようにつけた。
39:19 ほかに、二個の金の環を作り、これを胸当ての両端、すなわち、エポデの前に来る胸当ての内側の縁につけた。
39:20 ほかに、二個の金の環を作り、エポデの二つの肩当ての下端の外側に、すなわち、エポデのあや織りの帯の上部の継ぎ目に接した面の上につけた。
39:21 胸当ては青ひもで、その環のところをエポデの環に結びつけ、エポデのあや織りの帯の上にあるようにし、胸当てがエポデからずり落ちないようにした。【主】がモーセに命じられたとおりである。

このように神は、神の民を宝石の如く、大切にしておられるのです。

また祭司は、この宝石のついた胸当てを胸に当てて、神の御前に出て執り成したのです。私たちは、神に執り成す時、ひとり一人の人を神は全世界の富よりも尊く値積っておられることを覚えて祈り、また奉仕すべきです。それ故、このエポデは執り成しの祈りを表わしていると言ってもよいでしょう。

ローマ8章34節には、「よみがえられたキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。」と記されており、
ヘブル7章25節にも、「キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」
と言っています。

主は私たちひとり一人を目の玉の如く、宝石以上に高く値積り、愛して執り成してくださっているのです。このことを知ることができる人は本当に幸いです。

Ⅱ.22~31節、青服と記章の札の製作

出 39:22 また、エポデの下に着る青服を青色の撚り糸だけで織って作った。
39:23 青服の口は、その真ん中にあって、よろいのえりのようで、その口の周囲には縁をつけて、ほころびないようにした。

青服はエポデの下に着ました。 この青服は青一色の撚り糸で織られており、すそには、青、紫、緋色で撚ったざくろと純金の鈴がつけられていました。

青一色であることは、神に仕える祭司が聖くなければならないこと、敬虔でなければならないことを示しています。これは神に仕えるすべてのクリスチャンに求められている心の態度です。

「わたしが空であるから、あなたがたも、空でなければならない。」(ペテロ第一1:16)と神は命じられています。

また青服のすそにはざくろと純金の鈴がつけられていました。

出 39:24 青服のすその上に、青色、紫色、緋色の撚り糸で、撚ったざくろを作った。
39:25 また彼らは、純金の鈴を作り、その鈴を青服のすそ回りの、ざくろとざくろとの間につけた。
39:26 【主】がモーセに命じられたとおりに、仕えるための青服のすそ回りには、鈴にざくろ、鈴にざくろがあった。

ざくろは、おそらく神との契約を意味するものと思われます。祭司には、神との契約を覚えつつ、神のみ前で奉仕することが求められているのです。

民数記15章38~40節では、一般のイスラエル人には、着物のすその四隅にふさを作り、そのふさに青いひもをつけるように命じられています。

民 15:38 「イスラエル人に告げて、彼らが代々にわたり、着物のすその四隅にふさを作り、その隅のふさに青いひもをつけるように言え。
15:39 そのふさはあなたがたのためであって、あなたがたがそれを見て、【主】のすべての命令を思い起こし、それを行うため、みだらなことをしてきた自分の心と目に従って歩まないようにするため、
15:40 こうしてあなたがたが、わたしのすべての命令を思い起こして、これを行い、あなたがたの神の聖なるものとなるためである。

これは彼らが、このふさを見て、神の命令を思い出し、それに従うように、また自分中心の道に歩んで罪を犯さないためであると言われています。

マタイの福音書9章20節で、十二年間、長血のわずらいをしていた女は、主イエスの着物のふさにさわって、救われ、いやされています。これは、約束のみことばに対する信仰の力を表わしています。

マタ 9:20 すると、見よ。十二年の間長血をわずらっている女が、イエスのうしろに来て、その着物のふさにさわった。

同じくマタイの福音書23章5節では、律法学者やパリサイ人たちは、このすそのふさを長くして、敬虔さを売りものにしました。これは偽善的行為です。

マタ 23:5 彼らのしていることはみな、人に見せるためです。経札の幅を広くしたり、衣のふさを長くしたりするのもそうです。

私たちも、自分の信仰や敬虔さが、他人に見せるための偽善的なものにならないようにしたいものです。

純金の鈴は、祭司が聖所内で奉仕している音を外にいる者が聞くことによって、祈りつつ待ち望むためにつけられていました。この鈴が長い間、鳴らない時は、大抵、祭司は聖所内で罪を犯して死んでいることになります。ルカの福音書1章21節で、人々がザカリヤを待っていて不思議に思ったのは、鈴がしばらくの間聞こえなかったからではないかと思われます。

ルカ 1:21 人々はザカリヤを待っていたが、神殿であまり暇取るので不思議に思った。

おそらくザカリヤは主の御使いの異象を見て、立ちすくんでしまっていたのでしょう。

この青服は、神に仕えるすべてのクリスチャンのあるべき態度を示しています。

27~29節は、青服の下に着る下着であると思われます。

出 39:27 彼らは、アロンとその子らのために、織った亜麻布で長服と、
39:28 亜麻布でかぶり物と、亜麻布で美しいターバンと、撚り糸で織った亜麻布でももひきを作った。
39:29 撚り糸で織った亜麻布や青色、紫色、緋色の撚り糸で、刺繍してできた飾り帯を作った。【主】がモーセに命じられたとおりである。

これらはみな亜麻布で作られています。毛は虫がつくからです。また混紡ではありません。神は二心の者を嫌われるからです。神はご自分に向かってひたすら心を全うする者に力を現わされます(歴代託第二16:9)。

Ⅱ歴代 16:9 【主】はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。あなたは、このことについて愚かなことをしました。今から、あなたは数々の戦いに巻き込まれます。」

30,31節は、純金の聖別の記章の札について記しています。これには、「主の聖なるもの」という文字が書きつけられていて、それを額に結びつけていました。

出 39:30 ついで、聖別の記章の札を純金で作り、その上に印を彫るように、「【主】の聖なるもの」という文字を書きつけた。
39:31 これに青ひもをつけ、それをかぶり物の回りに上から結びつけた。【主】がモーセに命じられたとおりである。

祭司はすべてにおいて、全く神にささげた聖なる者でなければなりません。
エポデに示された思いにおいても、
青服に示された奉仕においても、
下着に示されている私生活においても、
記章の札に示されている知性においても、
神に潔められていなければなりません。

Ⅲ.32~43節、奉仕者は完成したものをすべて、モーセの所に持ってきました。

出 39:32 こうして、会見の天幕である幕屋の、すべての奉仕が終わった。イスラエル人は、すべて、【主】がモーセに命じられたとおりにした。そのようにした。
39:33 彼らは幕屋と天幕、および、そのすべての用具をモーセのところに持って来た。すなわち、それは、その留め金、その板、その横木、その柱、その台座、
39:34 赤くなめした雄羊の皮のおおい、じゅごんの皮のおおい、仕切りの垂れ幕、
39:35 あかしの箱と、その棒、「贖いのふた」、
39:36 机と、すべての器、供えのパン、
39:37 純金の燭台と、そのともしび皿、すなわち、一列に並べるともしび皿と、そのすべての用具、および、その燈火用の油、
39:38 金の祭壇、そそぎの油、かおりの高い香、天幕の入口の垂れ幕、
39:39 青銅の祭壇と、それにつく青銅の格子と、棒と、そのすべての用具、洗盤とその台、
39:40 庭の掛け幕とその柱と、その台座、庭の門のための垂れ幕とそのひもと、その釘、また、会見の天幕のための幕屋に用いるすべての用具、
39:41 聖所で仕えるための式服、祭司アロンの聖なる装束と、祭司として仕える彼の子らの装束である。
39:42 イスラエル人は、すべて、【主】がモーセに命じられたとおりに、そのすべての奉仕を行った。
39:43 モーセが、すべての仕事を彼らが、まことに【主】が命じられたとおりに、したのを見たとき、モーセは彼らを祝福した。

「バイブル・ワールド、地図でめぐる聖書」(ニック・ペイジ著、いのちのことば社刊)より、幕屋の想像図。

モーセはそれを点検しましたが、一つの欠点もなく、すべてが主の命じられたとおりに作られていました。それは、奉仕者たちが技術的にすぐれていただけでなく、心をこめて主に忠実に作ったからです。クリスチャンは、すぐれた能力を持っているだけでなく、主に忠実でなければなりません。私たちが信仰によって心を一つにし、心から喜んで忠実に奉仕するなら、実にすばらしい、主にご満足いただける働きをすることができます。その時にだけ、その働きを通して神の祝福を受けることができるのです。

(まなべあきら 1989.12.1)
(聖書箇所は【新改訳改訂第3版】を引用。)

上の写真は、イスラエルのティムナ渓谷に造られた幕屋の実物大模型(2013年の訪問時に撮影)
(ご参考:「たけさんのイスラエル紀行、”Model of the Tabernacle at Timna”(ティムナの幕屋モデル)」


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