聖書の探求(286) サムエル記第一 14章36~52節 サウルがヨナタンに死を求める、民はヨナタンを弁護する

フランスの画家James Tissot (1836–1902)による「Jonathan Tastes of the Honey(ヨナタンは蜂蜜を口に入れる)」(New YorkのJewish Museum蔵)

14章の分解

1~15節、ヨナタンの信仰と勇気ある行為
16~23節、サウルの出陣とイスラエル人の追撃
24~30節、サウルの無理な命令(戦いが終わるまで食事を禁じた)
31~35節、民は血のまま肉を食べ、主に罪を犯した
36~44節、サウルがヨナタンに死を求める
45~46節、民はヨナタンを弁護する
47~48節、サウルの連続的勝利とサウルの敵のリスト
49~52節、サウルの家族とサウルの一生の概括

36~44節、サウルがヨナタンに死を求める。

Ⅰサム 14:36 サウルは言った。「夜、ペリシテ人を追って下り、明け方までに彼らをかすめ奪い、ひとりも残しておくまい。」すると民は言った。「あなたのお気に召すことを、何でもしてください。」しかし祭司は言った。「ここで、われわれは神の前に出ましょう。」

サウルは、民が肉を食べ終わると、すぐに夜のうちにペリシテ人を追跡し、明け方までに敵を一人も残さずに打ち滅ぼし、分捕り物を得ようと言っています。空腹を満たされた民は、サウルの考えに乗り気で賛成して、サウルに「あなたのお気に召すことを、何でもしてください。」と応えています。

しかし祭司アヒヤは、この表面的なサウルの処置に、主が不快を覚えておられると感じて、「ここで、われわれは神の前に出ましょう。」とサウルに助言しています。この霊的に鋭い感覚を養っておくことは、非常に大事なことです。神の聖霊が悲しまれていること(エペソ4:30)をいち早く察知して、主の前に出て、出直すことを最優先することが大事なのです。

37節、サウルは、アヒヤが助言したことの霊的意味が分かりませんでした。

Ⅰサム 14:37 それでサウルは神に伺った。「私はペリシテ人を追って下って行くべきでしょうか。あなたは彼らをイスラエルの手に渡してくださるのでしょうか。」しかしその日は何の答えもなかった。

アヒヤはサウル自身の愚かで過酷な命令が民を罪に陥れたことを主の前に告白して、信仰を刷新することを求めたのですが、サウルはそのことには全く触れず、なおもペリシテ人を追跡すべきか、主がペリシテ人をイスラエルの手に渡してくださるかを尋ねただけでした。彼の関心は自分がペリシテ人に勝つことだけでした。しかしイスラエルがずっとペリシテ人に勝ち続けるためには、主との関係を深め、信仰を忠実な服従によって主と親密に結ばれていてこそ、可能になるのです。

サウルの心の中を知っておられた主は、「その日は何の答え」もなさらなかったのです。答えがないことが答えだったのです。

38節、それでもなお、サウルは自分のした愚かさに気づかなかったのです。

Ⅰサム 14:38 そこでサウルは言った。「民のかしらたちはみな、ここに寄って来なさい。きょう、どうしてこのような罪が起こったかを確かめてみなさい。

彼は民のかしらたちを集めて、「きょう、どうしてこのような罪が起こったかを確かめてみなさい。」と命じています。なぜ、兵士たちが血のついたままの肉を食べるようになったのか。なぜ、主は答えてくださらなかったのか。それはだれかが罪を犯したからだと結論づけて、調べるように命じたのです。彼はなおも、それが自分の罪のためであることを悟らなかったのです。私たちは聖霊によって教えられない限り、自分の罪や愚かさを悟ろうとはしません。「自分は正しい」と思い込んでいるからです。しかしそれは自分の自己義による判断でしかないのです。

「私たちの義はみな、不潔な着物のようです。」(イザヤ書64:6)

「その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。罪についてというのは、彼らがわたしを信じないからです。また、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなるからです。さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。」(ヨハネ16:8~11)

39節、ここでもサウルは同じように無思慮で愚かな誓いを神に対してしています。

Ⅰサム 14:39 まことに、イスラエルを救う主は生きておられる。たとい、それが私の子ヨナタンであっても、彼は必ず死ななければならない。」しかし民のうちだれもこれに答える者はいなかった。

彼は「まことに、イスラエルを救う主は生きておられる。」と最大級の敬虔な信仰の言葉を使ってはいますが、彼が実際に行なった命令や誓いは、全く主のみこころからはずれた愚かで過酷で、民を苦しめるものでしかありません。どこにも信仰らしいものがありません。ただ自分だけ、ひとりよがりの熱心な信仰と思い込んでいるものでしかありませんでした。

サウルは民の前で、サウルのおろかな命令に背いた者が、たとい「私の子ヨナタンであっても、彼は必ず死ななければならない。」と誓ったのです。おそらくサウルはヨナタンが黙って先陣を切って戦ったことを不満に思っていたか、蜜を食べたことを聞いていたのでしょう。この愚かな命令に従わなかった者が死を要求されると言い出したことは、狂気の沙汰です。

「しかし民のうちだれもこれに答える者はいなかった。」ヨナタンが蜜を食べたことを告げる者もいなければ、サウルをいさめる者もいなかったのです。民がこのように無責任で勇気のない態度を取ると、愚かな王はますます愚かな道に走ってしまうのです。

40節、サウルは軍隊の中からヨナタンを訴えるか、密告する者が出ると思っていたかも知れませんが、一人も出なかったので、くじを用いて探し出すことにしたのです。

Ⅰサム 14:40 サウルはすべてのイスラエル人に言った。「あなたがたは、こちら側にいなさい。私と、私の子ヨナタンは、あちら側にいよう。」民はサウルに言った。「あなたのお気に召すようにしてください。」

そこで先ず、彼はすべてのイスラエル人と、サウルとヨナタンの二つに分けて、くじを引くことにしたのです。

ここでも民はサウルに逆らわず、「あなたのお気に召すようにしてください。」と言っています。このような時、無責任な民衆は何の役にも立ちません。

41節、サウルはイスラエルの神、主に「みこころをお示しください。」と言っています。

Ⅰサム 14:41 そこでサウルはイスラエルの神、主に、「みこころをお示しください」と言った。すると、ヨナタンとサウルが取り分けられ、民ははずれた。

主は37節で、何の答えもなさらなかったのですから、ここでサウルの求めが主に好意的に答えられたとは考え難いのです。

「みこころをお示しください。」について、ギリシャ語の七十人訳聖書は、次のようになっています。この訳は理解を助けるのに役立つでしょう。

「なぜあなたはきょう、しもべにお答えにならなかったのですか。もし、この咎が、私か私の子ヨナタンにあるのでしたら、イスラエルの神、主よ、ウリムを与えてください。もし、この咎が、あなたの民イスラエルにあるのでしたら、トンミムを与えてください。」この訳によると、くじは祭司がエポデのポケットから取り出すものか、ウリムか、トンミムかで決めていたようです。この時、「ヨナタンとサウルが取り分けられ、民ははずれた。」とありますから、ウリムが取り出されたことになります。しかしヘブル語本文が正しければ、普通のくじが使われたことになります。

更に42節では、ヨナタンが取り分けられています。

Ⅰサム 14:42 それでサウルは言った。「私か、私の子ヨナタンかを決めてください。」するとヨナタンが取り分けられた。

聖書はこれが神のみわざとしてなされたのか、どうかは記しておりません。その意味は定かではありませんが、敢えて主のみこころを推測することが許されるなら、主はサウルの愚かさがどこまで行くのか試されているのかもしれません。あるいは民が、あくまでも無責任な態度を取り続けて、自分たちのために戦ってくれたヨナタンをサウルの手から守るのか、守らずに見殺しにするのかを試しておられるように見えます。

43節、サウルはヨナタンを死刑にしなければならない者として責め始めています。

Ⅰサム 14:43 サウルはヨナタンに言った。「何をしたのか、私に告げなさい。」そこでヨナタンは彼に告げて言った。「私は手にあった杖の先で、少しばかりの蜜を、確かに味見しましたが。ああ、私は死ななければなりません。」

ヨナタンは父の愚かさを非難したり、また「その命令を聞いていなかった」と言い訳を全くしていません。彼は手にあった杖の先で、少しばかりの蜜を味見したことを告げて、あとは主に全くまかせたのです。

44節、サウルは、ここでも自分が厳格な信仰者であるかのように、「神が幾重にも罰してくださるように。」と言っています。

Ⅰサム 14:44 サウルは言った。「神が幾重にも罰してくださるように。ヨナタン。おまえは必ず死ななければならない。」

主はヨナタンを用いてイスラエルに勝利を与えられたのに、サウルは自分の愚かな命令にこだわり続けていたのです。彼は最も愚かで、高慢な王になってしまいました。

「ヨナタン。おまえは必ず死ななければならない。」サウルは最も感謝すべき人、最も愛し、最も大切にしなければならない人を、殺そうとしているのです。

ユダヤ人は、イエス様が来られた時、自分たちが最も信じ、最も愛し、最も忠実に従うべき救い主を十字架にかけて殺したのです。それは自分中心の愚かさのなせるわざです。私たちも自分中心の愚かさの中にいると、彼らと同じ罪を犯してしまいやすいのです。あなたが本当に愛し、信じ、従うべき人は、あなたを甘やかしている人ではありません。これを間違うと、自分に滅びを招くことになるのです。

45~46節、民はヨナタンを弁護する

ついに民は立ち上がりました。

Ⅰサム 14:45 すると民はサウルに言った。「このような大勝利をイスラエルにもたらしたヨナタンが死ななければならないのですか。絶対にそんなことはありません。主は生きておられます。あの方の髪の毛一本でも地に落ちてはなりません。神が共におられたので、あの方は、きょう、これをなさったのです。」こうして民はヨナタンを救ったので、ヨナタンは死ななかった。

おろかで気まぐれなサウルの、ヨナタンを死刑にする宣告を拒否し、覆したのです。民の訴えには、十分な重みと説得力がありました。

このような大勝利をイスラエルにもたらしたのは、ヨナタンの信仰と勇敢な決断と行動です。彼は尊敬こそ受けても、死刑にされる理由はありません。

39節で、サウルは自分の愚かな命令を押し通すために、「イスラエルを救う主は生きておられる。」と、信仰的な言葉を使いましたが、民は全く別の意味で「主は生きておられます。」と言っています。同じ言葉を使っても、サウルは自己中心で、高慢で、民を苦しめ、ヨナタンを裁いて殺すために使い、民は、王に対して勇気を持って、ヨナタンを助け、彼らの真剣な信仰をあかしするために使ったのです。

「あの方の髪の毛一本でも地に落ちてはなりません。神が共におられたので、あの方は、きょう、これをなさったのです。」民は、ヨナタンの働きの中に、神が共に戦っていて下さったことを見ていたのです。これは14章6節のヨナタンの信仰の成就です。

Ⅰサム 14:6 ヨナタンは、道具持ちの若者に言った。「さあ、あの割礼を受けていない者どもの先陣のところへ渡って行こう。たぶん、主がわれわれに味方してくださるであろう。大人数によるのであっても、小人数によるのであっても、主がお救いになるのに妨げとなるものは何もない。」

主はいつも信仰を持って働く人と共に働いてくださるのです。

「あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」(ヨシュア記1:5)

「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(ヨシュア記1:9)

「主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。」(マルコ16:20)

サウルは、この民の信仰の訴えに逆らうことができず、ヨナタンを殺すことをしなかったのです。

「こうして民はヨナタンを救った。」の「救った」は、ヘブル語のパダアで、動物の犠牲を身代わりにささげて「賠償する」あるいは「贖(あがな)う」という意味です。この語は、創世記22章13節や出エジプト記13章13節、同34章20節にも使われています。

46節、ペリシテ人との戦いは後に再開することになるのですが、今回の戦いはこれで一応の終わりになります。

Ⅰサム 14:46 こうして、サウルはペリシテ人を追うのをやめて引き揚げ、ペリシテ人は自分たちの所へ帰って行った。

もし、サウルがあの愚かで民を苦しめる断食の命令を出していなければ、この時にペリシテ軍を全滅させてしまうことができたでしょうに。そしてその後の戦いはなかったでしょう。そのように私たちの内に少しでも自分の考えに固執し、自分の考えを優先させる高慢が残っているなら、主に祈りは聞かれないし、人との間にも争いを起こし、後々まで問題を引きずることになるのです。

結局、サウルがヨナタンをさばいている間に、ペリシテ人は自分の国に逃げ帰ってしまい、サウルの軍は追跡を止めて引き上げなければならなかったのです。

47~48節、サウルの連続的勝利とサウルの敵のリスト

この部分は、サウルの軍事的勝利をまとめて記しています。

Ⅰサム 14:47 サウルは、イスラエルの王位を取ってから、周囲のすべての敵と戦った。すなわち、モアブ、アモン人、エドム、ツォバの王たち、ペリシテ人と戦い、どこに行っても彼らを懲らしめた。

サウルが王となって戦った敵は、死海の東のモアブ、ヨルダン川の東のアモン、死海の南と東に住むエドム、北のダマスコとハマテの間にあったツォバ(シリヤ人)の王たち、そして西の地中海沿岸に住むペリシテ人との戦い、どこに行っても勝利を得たのです。この連続の勝利がサウルを高慢にしていったのでしょう。どの勝利も主が与えてくださったことを忘れたら、わざわいになってしまいます。

48節のアマレクとの戦いは、15章に詳しく記しています。

Ⅰサム 14:48 彼は勇気を奮って、アマレク人を打ち、イスラエル人を略奪者の手から救い出した。

ここでは「彼は勇気を奮って」と記されています。これはペリシテ人との戦いで、兵士が逃げ去って心細い経験をしたからでしょう。臆病な人ほど、勝つと高慢になります。信仰のある人は、勝つ時には主を賛美して、主の栄光を現わします。

49~52節、サウルの家族とサウルの一生の概括

Ⅰサム 14:49 さて、サウルの息子は、ヨナタン、イシュビ、マルキ・シュア、ふたりの娘の名は、姉がメラブ、妹がミカルであった。

50節は、サウルの妻と将軍を紹介しています。

Ⅰサム 14:50 サウルの妻の名はアヒノアムで、アヒマアツの娘であった。将軍の名はアブネルでサウルのおじネルの子であった。

サウルの妻の名はアヒノアムで、アヒマアツの娘でした。息子たちはヨナタン、イシュビ、マルキ・シュアで、娘たちはメラブとミカルでした。

将軍の名はアブネル(ヘブル語では「アビネル」)で、サウルのおじのネルの子でした。彼はサウルの軍隊の指揮官だったのです。

51節には、更に親戚関係を説明しています。

Ⅰサム 14:51 サウルの父キシュとアブネルの父ネルとは、アビエルの子であった。

サウルの父キシュとアブネルの父ネルは、アビエルの子でした(9:1)。つまり、サウルとアブネルは従兄弟同士だったのです。

52節、サウルが一生の間、宿敵として苦しい戦いをしたのはペリシテ人に対してでした。

Ⅰサム 14:52 サウルの一生の間、ペリシテ人との激しい戦いがあった。サウルは勇気のある者や、力のある者を見つけると、その者をみな、召しかかえた。

サウルは常に軍事力を強めるために、力のある勇士を見つけると、みな召し抱えています。すなわち、サムエルが8章11,12節で警告していた徴兵政策を取っていたのです。

Ⅰサム 8:11 そして言った。「あなたがたを治める王の権利はこうだ。王はあなたがたの息子をとり、彼らを自分の戦車や馬に乗せ、自分の戦車の前を走らせる。 8:12 自分のために彼らを千人隊の長、五十人隊の長として、自分の耕地を耕させ、自分の刈り入れに従事させ、武具や、戦車の部品を作らせる。

しかしサウルがこの激しい戦いのために、いつも主に信頼し、忠実に従っていたと記されていないことは残念ですし、これがサウルの命取りになってしまう原因だったのです。

「主に身を避けることは、人に信頼するよりもよい。主に身を避けることは、君主たちに信頼するよりもよい。」(詩篇118:8,9)

「神は馬の力を喜ばず、歩兵を好まない。主を恐れる者と、御恵みを待ち望む者とを主は好まれる。」(詩篇147:10,11)

ここで、「サウルの愚かな要求」についてまとめておきましょう。

1、サウルは最初、ペリシテとの戦いを傍観していた(2節)。

2、激戦で疲れている兵士たちに食事を禁じた(24節)。

3、民(兵士)たちを苦しめ、疲れさせた(24,28,31節)。

4、民(兵士)たちが血のままで肉を食べて、主に罪を犯させる危険をつくり出した(32,33節)。

5、自分の愚かさを省みず、勝利の先駆けとなったヨナタンが蜜を食べたことで殺そうとした(43,44節)。

6、愚かな知恵で権力を振り回した高慢

7、サウルは主への信頼よりも、勇気のある、力のある人間を求めた(52節)。

あとがき

今年もクリスマスの月、そして今年最後の月になりました。一年間、お祈りをいただき心より感謝申し上げます。
しかしこの年、苦難に出会われた方々もおられます。新しい年には主の豊かな恵みと祝福が与えられるように祈らずにはおられません。
イエス様は「わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな、岩の上に家を建てた賢い人に比べることができます。」(マタイ7:24)と言われました。避けることができない苦難には、イエス様のみことばを信じて、力をいただき、乗り越えさせていただきましょう。
教会に行っているクリスチャン、洗礼を受けているクリスチャンから、主のみことばを信じて、生活の中で行ない、苦難を乗り越えて行くクリスチャンになりましょう。

(まなべあきら 2007.11.1)
(聖書箇所は【新改訳改訂第3版】より)


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