聖書の探求(186) ヨシュア記3章6~17節 ヨルダン川渡過の決行

上の絵は、フランスのJames Tissot (French, 1836-1902) により描かれた「The Ark Passes Over the Jordan(ヨルダン川を渡る契約の箱)」(ニューヨークのThe Jewish Museum蔵、Wikimedia Commonsより)

6節、ヨシュアは祭司たちに、ヨルダン川を渡る具体的な指示を与えました。

3:6ヨシュアは祭司たちに言った、「契約の箱をかき、民に先立って渡りなさい」。そこで彼らは契約の箱をかき、民に先立って進んだ。(「箱をかき」→「箱をかつぎ」の意)

祭司は主の契約の箱をかついで、民の先頭に立って渡るように命じられています。その理由は、10~13節に記されています。

3:10そしてヨシュアは言った、「生ける神があなたがたのうちにおいでになり、あなたがたの前から、カナンびと、ヘテびと、ヒビびと、ペリジびと、ギルガシびと、アモリびと、エブスびとを、必ず追い払われることを、次のことによって、あなたがたは知るであろう。 3:11ごらんなさい。全地の主の契約の箱は、あなたがたに先立ってヨルダンを渡ろうとしている。 3:12それゆえ、今、イスラエルの部族のうちから、部族ごとにひとりずつ、合わせて十二人を選びなさい。 3:13全地の主なる神の箱をかく祭司たちの足の裏が、ヨルダンの水の中に踏みとどまる時、ヨルダンの水は流れをせきとめられ、上から流れくだる水はとどまって、うず高くなるであろう」。

それは主が臨在してくださっていることのあかしのためであり、民の信仰と勇気を強めるためでした。

主が、渡るためにヨルダン川の水をせき止めて、道を開いてくださるなら、それはまた、神がカナンの全地をイスラエルの所有として与えると約束されたことの実現の確かさを示すことにならないでしょうか。

私たちが今日の課題を信仰によって乗り越えさせて頂いたなら、それは将来をも祝してくださることを示していると確信することができないでしょうか。

主の契約の箱は、神の御座ですから(出エジプト記25:22)、主の箱が先に行くことは、主が民の前に行かれることを示しています。

 出エジプト25:22その所でわたしはあなたに会い、贖罪所の上から、あかしの箱の上にある二つのケルビムの間から、イスラエルの人々のために、わたしが命じようとするもろもろの事を、あなたに語るであろう。

ここに神の臨在が示されるのです。

「彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。」(ヨハネ10:4)

7節、主はこれらの任務を成し遂げるためにヨシュアに、主の臨在による主導権を与えました。

3:7主はヨシュアに言われた、「きょうからわたしはすべてのイスラエルの前にあなたを尊い者とするであろう。こうしてわたしがモーセと共にいたように、あなたとともにおることを彼らに知らせるであろう。

ヨシュアの前には、激しい戦いがあり、任務は大きく、計画は膨大であり、働きは困難に満ちてます。この時こそ、神ご自身が先立って進まれ、この難問題に当たってくださり、危険と対決してくださるのです。私たちが人の力で自ら開くことの出来なかった道を、主はお開き下さるのです。主イエス様は私たちの導き手です。

「信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。」(ヘブル12:2)

13節、この任務における最初の困難は、「ヨルダン川の水の中にとどまる」ということです。

3:13全地の主なる神の箱をかく祭司たちの足の裏が、ヨルダンの水の中に踏みとどまる時、ヨルダンの水は流れをせきとめられ、上から流れくだる水はとどまって、うず高くなるであろう」。

祭司たちを、だれが見ても不可能と思われる雪解け水で増水したヨルダン川の水際に連れて来て、川の中に立ちなさいと命じても、立つだろうか。しかし信仰はそれをさせたのです。あなたが困難の中に、ただ信仰によって立つ時、全能の神が水の流れを止めてくれるという奇跡を経験するでしょう。その時、あなたは生ける全能の主がおられることを知るのです。そしてあなたの信仰はますます強められていくでしょう。

新しい指導者ヨシュアのリーダーシップは、

① 主のことばを聞かせたこと「ここに近づき、あなたがたの主のことばを聞きなさい。」(9節)

② 主を信じるための根拠を与えたこと。「生ける神があなたがたのうちにおられ、あなたがたの前から、・・・必ず追い払われることを、次のことで知らなければならない。」(10節)

③ 主が人間の歴史をも(10節)、自然界をも(13節)支配されることを示しました。

主イエス様も、嵐を静められました(マタイ8:23~27)。

しかしカナン七族がどのようにして追い払われるのか、ヨルダン川の水がどのようにしてせき止められるのかについては、話していません。

ヨシュアは民が主を信じる信仰を持つために、主のみことばを聞くように招き、主を信じるのに必要な根拠を与え、生ける神である主が民のうちに臨在しておられることを覚えるようにと導いたのです。これらはヨシュアのリーダーシップと言うことができるでしょう。これはそのまま、私たちにも必要なものではないでしょうか。

10節のカナン七族は、申命記7章1節、ヨシュア記9章1節、11章3節にも記されています。時には六族しか記されていないこともあります。

 3:10そしてヨシュアは言った、「生ける神があなたがたのうちにおいでになり、あなたがたの前から、カナンびと、ヘテびと、ヒビびと、ペリジびと、ギルガシびと、アモリびと、エブスびとを、必ず追い払われることを、次のことによって、あなたがたは知るであろう。

申命7:1あなたの神、主が、あなたの行って取る地にあなたを導き入れ、多くの国々の民、ヘテびと、ギルガシびと、アモリびと、カナンびと、ペリジびと、ヒビびと、およびエブスびと、すなわちあなたよりも数多く、また力のある七つの民を、あなたの前から追いはらわれる時、

ヨシュア9:1さて、ヨルダンの西側の、山地、平地、およびレバノンまでの大海の沿岸に住むもろもろの王たち、すなわちヘテびと、アモリびと、カナンびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとの王たちは、これを聞いて、 9:2心を合わせ、相集まって、ヨシュアおよびイスラエルと戦おうとした。

ヨシュア11:3すなわち、東西のカナンびと、アモリびと、ヘテびと、ペリジびと、山地のエブスびと、ミヅパの地にあるヘルモンのふもとのヒビびとに使者をつかわした。

カナン人は、「低地人」とも呼ばれ、ダンより北の地中海沿岸地方の平原や、エスドラエロン平原に住み、ヨルダン川の川岸地帯(民数記13:29)にも住んでいました。

民数記13:29・・・海べとヨルダンの岸べには、カナンびとが住んでいます」。

ヘテ人は、パレスチナ北東のヘテの国と混同されることがありますが、カナンのヘテ人はカナンの第二子の子孫であり(創世記10:15)、アブラハムの時代にはキルヤテ・アルバ(ヘブロン)の山地に住んでいました(創世記23:2,3)。

創世記10:15カナンからその長子シドンが出て、またヘテが出た。 

創世記23:2サラはカナンの地のキリアテ・アルバすなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは中にはいってサラのために悲しみ泣いた。 23:3アブラハムは死人のそばから立って、ヘテの人々に言った、

初めの頃は、へテ人はカナン人やペリジ人と一緒に名前が記されることはほとんどなく、それほどの勢力がなかったものと思われます。しかしヨシュアの時代になると、カナン七族の中に名を連ねるほどに力を持つようになっていました。

ヒビ人は、創世記34章2節に初めて名前が記されています。

創世記34:1レアがヤコブに産んだ娘デナはその地の女たちに会おうと出かけて行ったが、 34:2その地のつかさ、ヒビびとハモルの子シケムが彼女を見て、引き入れ、これと寝てはずかしめた。 

彼らは争いを好まず、商業を営む民族でした。彼らは、バアル・ヘルモン山からレボ・ハマテまでのレバノン山に住んでいました(士師記3:3)。

 3:3すなわちペリシテびとの五人の君たちと、すべてのカナンびとと、シドンびとおよびレバノン山に住んで、バアル・ヘルモン山からハマテの入口までを占めていたヒビびとなどであって、 

彼らは北の地域に住んでいました。

ペリジ人の名前の意味は、「村人」とか、「いなか者」で、城壁のない村々に住んでおり、一部の者は南部に住んでおり(士師記1:4,5)、他の者はカルメル山の東部の森に囲まれた地域に住んでいました。

ギルガシ人は、ヒビ人から枝分かれした人々か、少なくとも密接な関係があった人々と思われます。彼らはガリラヤ地方の東部に住んでいたものと思われます。

アモリ人は「山地の人」とも言われており、彼らはヘブロンから死海までの高地に住んでいました(創世記14:7,13、参考:創世記13:18)。

14:13時に、ひとりの人がのがれてきて、ヘブルびとアブラムに告げた。この時アブラムはエシコルの兄弟、またアネルの兄弟であるアモリびとマムレのテレビンの木のかたわらに住んでいた。彼らはアブラムと同盟していた。

後に彼らはアルノン川からヤボクまでのヨルダン川東部の高原を占領しました(民数記21:13,26)。

 民数21:26ヘシボンはアモリびとの王シホンの都であって、シホンはモアブの以前の王と戦って、彼の地をアルノンまで、ことごとくその手から奪い取ったのである。

エブス人は、カナン七族の名前が記されている時には、いつも最後はその名前が書かれています。これは多分、彼らの居住地をダビデが占領して、そこをエルサレムとするまで、彼らがその地を所有していたためであると思われます(サムエル下5:6)。

サムエル下5:6王とその従者たちとはエルサレムへ行って、その地の住民エブスびとを攻めた。エブスびとはダビデに言った、「あなたはけっして、ここに攻め入ることはできない。かえって、めしいや足なえでも、あなたを追い払うであろう」。彼らが「ダビデはここに攻め入ることはできない」と思ったからである。

彼らは小さい部族でしたが、難攻不落と言われていた要害に住んでいたために、ダビデに攻め落とされるまで、エブスの町としてその力を誇っていました。

(ヨシュアが民に語ったことばの内容)

1.神の指示(5,9,10節)

2.身をきよめるべきこと(5節)

3.祭司が民の先頭に立って渡ること(6節)

4.神の契約の箱(3,6,11節)

5.信仰の完行(3,4,6節)

6.信仰の継続 (4,8節)

ヨシュアは必要不可欠なことだけを語り、過不足はなかった。重要な命令を出す時、その命令は簡潔明瞭でなければなりません。特に神のみことばを取り次ぐ者は、自分の感情や、自分の考え、自分の解釈を加えることによって、神のみことばを不鮮明なものにしてしまって、民を惑わすようなことがあってはなりません。主が語れと命じられたことのみを、語るべきです。

14節、ヨルダン渡過決行

3:14こうして民はヨルダンを渡ろうとして天幕をいで立ち、祭司たちは契約の箱をかき、民に先立って行ったが、 (「箱をかき」→「箱をかつぎ」の意)

契約の箱をかつぐ祭司たちは民の先頭に立っていました。ヨシュアの語った主の命令に忠実に従っています。こうして先ず祭司たちが恐れず、疑わずに主のご命令に忠実に従ったことは、民のよき模範になり、信仰の勇気を与えたものと思われます。

教会でいうなら、まず、牧師、教師、伝道者、リーダーたちが忠実に、勇敢に従う模範を示すことが必要ではないでしょうか。家庭でいうなら、両親が主に忠実に従うことが求められるのではないでしょうか。これなくして、教会員全員に、また子供たちに忠実であることを求めることはできません。

「こういうわけで、私たちを、キリストのしもべ、また神の奥義の管理者だと考えなさい。このばあい、管理者には、忠実であることが要求されます。」(Ⅰコリント4:12)

指導者ヨシュアは神を信じ、神のみことばを誇り、祭司は信仰の勇気を持って模範を示して、民の信仰を激励し、民は動揺せず、確信を持って神に応答しました。神は信じて従う者を決して失望させなかったのです。

「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」(Ⅰペテロ2:6)

15節、横断の時期

3:15 ・・・ ――ヨルダンは刈入れの間中、岸一面にあふれるのであるが、――(「箱をかき」→「箱をかつぎ」の意)

この刈り入れは、大麦と亜麻の刈り入れであったと思われます。ヨルダン川流域は亜熱帯性気候で、収穫の季節は、三月末か、四月の初旬でした。(2章6節には、亜麻の茎を屋上に干してあることを記しており、これはヨシュア記の記者が、この地域の季節や環境について、相当詳しい知識を持っていたことの証拠です。

この時期になると、ヨルダン川はレバノン山脈の雪解け水のために増水し、両岸にあふれて洪水となっていました。レバノン山麓の水源地から死海の落下口に至るヨルダンの川床は両方の水準の差が三百メートルあり、1.6kmごとに45cm下がるという傾斜になっています。ヨルダン川の川幅は当時、三〇メートルあったとされており、増水時には二七メートルにまでなっており、深さは一~四メートルあったと考えられています。ですから、少しでも水かさが増すと、すぐに氾濫してしまう危険があったのです。

ですから、この時期にヨルダン川を渡ることは、二人の偵察員はそのため選抜された者でしたから渡ることができたでしょうが、老幼男女の大勢の民が牛や羊の家畜の群れを伴って渡ることは不可能であると言っても過言ではない。しかし全能の神、エル・シャダイは、ご自身の権能を現わすために、この季節を選ばれたのです。

「祭司たちの足が水ぎわにひたると同時に」(15節)

3:15箱をかく者がヨルダンにきて、箱をかく祭司たちの足が水ぎわにひたると同時に、 ・・・ (「箱をかき」→「箱をかつぎ」の意)

神のみわざは、願っているだけでも、祈っているだけでも行なわれないことがあります。しかし百%の信仰を持って、勇気を出して、信仰の歩みを一歩始めた時、不可能と思えていた川底に道が開かれる経験をするのです。それ故、口先だけの信仰は、どんなに熱心でも、神のみわざを見ることはありません。主は、祭司の足がヨルダン川の土手に立っても水を分けられなかった。祭司が足を上げて水の中に踏み入れようとしても、水は分かれませんでした。祭司の足の裏が水面に浸った時、神のみわざは突然行なわれたのです。その1cm上に足がある時も、何も変化は起きなかったのです。

「行ないのない信仰は、死んでいるのです。」(ヤコブ2:26)

16節、その日、死海に注ぐヨルダン川の大激流をとどめたことは、創世の初めに、上の水と下の水を分け、下の水を集めて、そこにとどまらせた神にとって(創世記1:9)難しいことではない。

3:16上から流れくだる水はとどまって、はるか遠くのザレタンのかたわらにある町アダムのあたりで、うず高く立ち、アラバの海すなわち塩の海の方に流れくだる水は全くせきとめられたので、民はエリコに向かって渡った。

創世記1:9神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。

ヨルダン川の流れをとどめる奇跡を成し遂げるために、神がどんな手段を用いられたかは、聖書は何も記していません。しかし参考までに記しておきますと、1927年には、粘土質の堤防の土が川の中に崩れ込むことによって、流れがとどめられたことがありました。またある人は、一瞬のうちに神が水を凍らせたのではないかと言っています。

しかし聖書は、その手段については、何も言っていません。聖書は、その手段よりもその事実に価値があることを強調しているのです。私たちはその手段について、興味はあっても、あまり詮索しないほうが賢明であると思われます。神が秘めておられることを、人間が自分の知恵で詮索して、よかったことはほとんどないからです。

「その中で、ほかのすべての手紙でもそうなのですが、このことについて語っています。その手紙の中には理解しにくいところもあります。無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の個所のばあいもそうするのですが、それらの手紙を曲解し、自分自身に滅びを招いています。」(ペテロ第二 3:16)

この時の、水のせき止められ方は、紅海の時と異なっています(出エジプト記14:22)。

紅海の時は、水は右と左で壁となっていましたが、ヨルダン川の時には、上から流れ下って来る水は、つっ立って、完全にせき止められ、下流は流れ去ったものと思われます。

「はるか遠くのザレタンのかたわらにある町アダムのあたりで、うず高く立ち」(16節)

アダムは、アダマアのことで、いつもは歩いて渡ることができる所の北35KMの所、すなわち、ヤボク川がヨルダン川に注ぐ合流点近くのテル・エドダミエであることは分かっています。

ザレタンは、ヤボク川がヨルダン川に注いでいる合流点近くの北域のことを言っているのか、それとも、さらに19Km上流の地域のことを言っているのか、いろいろ意見が分かれています。もし後者であれば、ヨルダン川の水はアダマアでせき止められて、19Km上流のザレタンまで逆流して氾濫したと考えられます。

「塩の海」は死海のことです。民が渡った地点は、エリコに面する所です。起こったことが、あまりにも文字通り、約束されていた通りだったので、民の信仰は強くされたと思われます。しかし、約束の実現を見てから強められるのは、だれにでも容易なことで、それほどの信仰を必要とはしません。人の目に信じられそうにない状態の中で、それでも神のみことばを信じて歩む時こそ、真の、勇気ある信仰を必要とするのです。

「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」(ヨハネ20:29)

「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」(ヘブル11:1)

しかし、これからカナンでの長期にわたる戦いの前にヨルダン渡過で信仰の大勝利をしたことは、その後の戦いに大きな力と確信を与えたものと思われます。

私たちの毎日の生活で小さい信仰の勝利を重ねていくことは、将来やって来る大きな戦いのための重要な備えです。私たちは日毎に信仰の勝利を経験していくことによって、さらに神に大いなることを信じて求めて信仰を持つようになります。年老いたカレブが「この山地を私に与えてください。」(ヨシュア記14:12)と言ったようにです。

17節、「ついに民はみなヨルダン川を渡り終わった。」

3:17すべてのイスラエルが、かわいた地を渡って行く間、主の契約の箱をかく祭司たちは、ヨルダンの中のかわいた地に立っていた。そしてついに民はみなヨルダンを渡り終った。

これは荒野の放浪の旅が全く終了したこと、そしてカナン攻略のための最初の戦いが完全に完了したことを示しています。この表現は4章1節と11節にも見られます。

4:1民が皆、ヨルダンを渡り終った時、主はヨシュアに言われた、 

 4:11民がみな渡り終った時、主の箱と祭司たちとは、民の見る前で渡った。 

ヨルダン川を安全に、全員無事に渡り切ったことは、神の民に対する神の愛と顧(かえり)みの証拠であった。このようにして民は、神に信頼し、勇気を持って、約束の地を征服するためにカナンの地に乗り込んだのです。

あとがき

今年の8月8日は主の日でしたが、AD70年8月8日はティトゥスが率いるローマ軍によってエルサレムが炎上し、無数のエルサレムの住民が十字架にかけられて殺された日です。それはルカ23章28~31節のイエス様の預言が37年後に成就した日です。主のみことばは、祝福においても、さばきにおいても必ず実現することを覚えます。

8月10日は、昨年私の誕生日に結婚した教会の若い夫婦に赤ちゃん誕生の日です。教会中がウキウキ、ワクワクして祈って待っていた日です。この一年、この若い夫婦は何やらかにやら、一つずつ乗り越えて、この日に到達したのです。心からの祝福と応援を送りたい気持ちです。皆さんにとっての、この暑い夏はどんなだったでしょうか。
(まなべあきら 1999.9.1)
(聖書箇所は【新改訳改訂第3版】を引用。)


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