第4章 霊的生活の基礎 (主をわが前に置いた生活)

 信仰が理屈だけで止まっていて、生活の中に実を結んでいないのは、信仰が、ことばや口先だけのもの、知識の理解や納得で止まっているからです。知識の理解や納得を、信仰だと誤解して、思い込んでいるからです。「自分で納得しないと、信じない。」という人を、これまで多く見てきました。

 しかし、それはサタンの惑わしに陥っています。信仰が内なる霊的人格経験になっていなければ、その知識や納得は、霊的エネルギーとはなりません。かえって、その知識は人の心を高慢にし、争いを引き起こします。祈りも気休めに終わってしまい、賛美もハーモニーの美しさに魅了されるだけで、神様との、霊とまことによる交わりの礼拝が経験されません。聖書の言葉も記憶して、暗誦できることで、自己満足して終わってしまいます。
 自分の心にイエス様の恵みと力が、与えられることを経験して、困難な山や、嵐に向かって、自分の力ではない、測り知れない神様の力が現われるためには、不可欠な信仰の基礎が、必要です。それは、神様のみことばの約束を自分個人のものとして信じ、キリストの十字架の血潮を今、心に受けて潔められ、聖霊が今、自分の内にみわざを行なってくださったと信じる信仰です。これを知的に納得するのではなく、これを記憶として覚えておくのでもなく、今、自分の霊魂において、味わい知ることです。これが、「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのです。」(ヨハネ6:54~57)の霊的経験です。今、自分の霊魂において、その信仰の営みをして、生けるキリストを自分の内に受け入れることです。

 ここから、愛によって働く信仰が始まります。神様を愛すると言っても、隣人を愛すると言っても、この最初の基礎がなければ、すべてが机上の空論になってしまいます。そうでないと、信仰はただの励ましや、道徳的な教えを守ることになってしまいます。すべてが、知的な、外見的な、道徳的なことで終わってしまいます。霊的信仰の神髄に到達しません。このことをよく経験して、生活の中で定着してくると、神様を愛ずるために、すべてのことをすることが分かってきます。そして、生活の中で実を結び始めます。困難なことも、思いわずらわされるようなことも、信仰を働かして、打ち勝つことができるようになります。雑念に振り回されることもなくなり、怒りや憤りの悪感情に心が占領されることもなくなります。

 自分のあわれな状態に気づいても、不信仰や不安になることもなく、思いわずらいからも解放されて、すぐに、主にお話して、さらにその前より、深い信頼を持って主に立ち返るのです。

 イエス様は、ヨハネの福音書21章15~17節で、シモン・ペテロに、「あなたはわたしを愛しますか。」と、神様を愛するアガペーの愛で質問されました。これに対して、シモン・ペテロは、「私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」と、人情の愛のフィレオで答えています。人の目から見ると、同じように熱心にイエス様に従っているように見えていましたが、ペテロの心の中では、「自分が一番、イエス様に熱心で、気に入られている。」という自負心を持って、仲間の弟子たちと比べていたのです。

 いつも他人を気にしている人情、愛情、熱心さが、フィレオです。これには必ず、不純な動機が混入してきます。これは、イエス様が与えてくださるアガペーの愛ではありません。他人と比べている愛では、神様との交わりは経験できません。フィレオでイエス様を愛していることは、アガペーの愛を否定しているのです。このことが、シモン・ペテロの行動の中に明らかに現われて来ていたのです。他人が自分より高く用いられると、面白くなくなり、不満を抱くようになります。なぜなら、人情の愛は、必ず自分を一番高く評価したいからです。これが高慢であり、自分中心の自我なのです。これが、私のうちに残っていれば、私は神様の愛アガペーを持つことができません。

 神様のみもとに行って、神様と親しく交わるためには、多くの学問的知識も、祈りや賛美の技術も必要としません。ただ、神様を愛して、その愛の信仰を働かせる生活だけが必要なのです。

(第4章 完)

目次
1.一粒の麦
2.愚かで、鈍感でも
3.愛
4.霊的生活の基礎
5.神様に近づく方法
6.祈りと生活
7.どうすれば、いつも神様の臨在を感じることができるようになれるのか
8.神様の臨在の実際性(前半)
8.神様の臨在の実際性(後半)
9.病気、苦しみの中で